2.女奴隷と裸エプロン

「とりあえず、飯でも作ろうか」


 色々あったけど、俺はまだ朝食にありつけていない。

 食ったものと言えば、あの生ゴミで淹れた茶とゴキブリスープ……。余計にまともな食事が恋しくなる。


「ご主人様、もしかしてまだ空腹でいらっしゃるのですか?」


 虫の息になっているリファをベッドに寝かせていると、クローラが怪訝そうに訊いてきた。

 苦笑しながら肯定すると、彼女は再び深々と土下座してきた。


「申し訳ございませんっ。私めの手料理では、ご主人様をご満足させることができなかったのですね!?」

「え? あ、ああいや別にそういうわけじゃ……」

「いいえ、お気を使わないでくださいませ! 全て私の不手際にございます!」


 頑として頭をあげようとしない女奴隷。参ったなもう、リファのような奴も面倒だけど、こういうタイプも一長一短だな。


「ご主人様が普段どれだけお食べになるか、具体的な量をわきまえておくべきところを……私の杓子定規で勝手に判断してしまいました故の過ち……」


 ん? んん?


「ですので、今から先程の料理をもっと沢山お作りしますので!」


 一長一短じゃねーや、無長多短だわ。いいとこほとんどねぇわ。空回りした善意で全力でぶん殴ってくるスタイルだわ。


「ではではさっそく料理の方をば!」

「ちょっ、と待った!ちょっ、ちょっ、と待った!」


 いざ鎌倉と言わんばかりの勢いで厨房へ向かおうとするクローラを、慌てて俺は止める。


「なぜお止めになるのですご主人様! 私ども奴隷は主のご命令に忠実に従わなければなりません! そのためにもクローラはお食事を作らねばならないのです!」


 うんまず食事を作れなんて命令してないし、従うのであれば今現在進行系で言ってるちょっと待ったの命令を忠実に聞き届けてほしいんだがね。


「そんな……私の作ったお料理は口にしたくないと仰られるのですか……?」


 よよよ、と泣き崩れる女奴隷。

 勘ぐり過ぎだけど、ちょうどいいラインで察してくれたからまぁいいや。

 彼女は着ていたTシャツの裾を握りしめながらうなだれた。そして下唇をかみしめて呻くように言う。


「先程はあんなに美味しそうに召し上がってくださったのに……一体どうして」


 はて、俺に演技の才能があるのかこいつの目がおかしいだけか。


「うぅ。やはり奴隷の作るものは穢らわしくて食べられないという認識は、この世界でも同じなようですね」

「そうじゃなくて品目をなんとかしてくれって話よ」

「品目!?」


 キュピン、とクローラの目が輝きを取り戻した。

 くっそ余計なこと言っちまったよ。誘導尋問まんまとハマっちまったよ畜生。


「ふぅ、早とちりしてしまいましたわ。てっきりご主人様がもうクローラはいらないからとお捨てになってしまうのかと思ってしまいました」

「そんなことで……? だったらこの先何回お前捨てることになるかわかったもんじゃねぇぞ」

「何回も捨てる!?」


 ガーン、と再び瞳が黒く染まっていくクローラちゃん。受け取って欲しいとこはスルーするくせにどーでもいいジョークだけ大真面目に聞き取るんじゃないよ。


「つまりそれは、私を何度も拾い直してくれる……。すなわちクローラを永久に貴方様の傍に置いてくださるということ……ご主人様……なんとお優しいのでしょう!」

「ポジティブなのかネガティブなのかどっちなのよあんた」


 ぐぅぅ。

 と、茶番に付き合ったせいかまた俺の腹が鳴った。これ以上ゴタゴタに付き合ってたら本当にお腹と背中がくっついちまうよ。

 もう何でもいいから、食えるもんで頼むマジで。


「ん? 今なんでもいいと仰いました?」

「『食えるもん』のところもフィーチャーしてくれお願い」

「わかりました。では品目を変えて、先程の虫のスープにしましょう。ではではさっそく料理の方をば!」


 と言って、クローラはTシャツを脱いでまた裸になった。


 やっべぇな、どこからツッコんでいいんだろこれ。ボケマシンガン食らってもはやこっちがボケそうだよ。

 とりあえず今現状でツッコむべき点を整理しよう。これ以上こんがらがらせるわけにはいかん。


 1・話がループしてる。

 2・品目が変わってない。

 3・食えるもんじゃない。

 4・突然の脱衣


 よっしこんなところか。落ち着け、一つ一つ処理していけばなんとかなる。


「あの……まずなんで服脱ぐん?」

「なぜと言われましても……料理をするのですから服を脱がないと」


 ごめん誰か今の説明の説明を求む。切に。早くも処理止まっちまったじゃねーかよどうしてくれんだ。

 クローラは照れくさそうに俺のTシャツをせっせと畳みつつ言った。


「だって、せっかくご主人様が貸し与えてくださったお召し物ですもの……お料理で汚すわけには参りません」

「あぁ、なんだそういうことか」


 思ったよりまともな理由に、俺はほっと胸をなでおろす。

 だが安心してばかりもいられない。まだクローラは料理する気まんまん。

 参ったなぁ、こりゃもう諦めて任せる他なさそうだ。だがまず服を着てもらわないことには始まらない。


「でもさ……やっぱり服は着とこうよ。ほら、料理するとなると色々汚れるだろ」

「お気になさらず。私共奴隷はもともと穢れた存在でありますゆえ」


 割と本気で、誰かこの人との通訳担当してくんね? 嫌がらせを疑うレベルで話通じねぇよ。

 本当に、なんていうか……天然だなぁ。前の主がどんなだったか知らんけど、よくこんなん使役できましたね。


「そうじゃなくてさ……身体が汚れたらいちいち風呂入んないといけないし……お湯とか油とか跳ねると危ないし……」

「しかし、ご主人様のお服を汚してしまうなど到底私めにはできません! それくらいだったら、私自身が汚れます!」

「ええ……」


 こういう面倒くさいところにこだわるのも奴隷ゆえか。どうやらこの辺は譲る気はなさそうだ。

 だがこちらとてそれは同じ。

 考えてもみろ。裸の少女の隣に立って料理中に事故らないか監督なんてできるか? むしろこっちが事故りかねない。

 そもそもなんで奴隷は裸なんだよ。本当にそんな慣習があるわけないよな、さすがに。


「それは当然……前のご主人様より、奴隷は家では裸でいるものだとご命令を受けてたので……」


 奴隷が奴隷なら主も主か。飛んだド変態だな。

 いや、待てよ。

 本当にそういう性的嗜好が目的でそんな命令を出してたのだろうか。いくら奴隷とはいえ、それだけが理由なのだとしたら内容が極端すぎる。

 大真面目にこんなことを考えるのもなんだが、どうも腑に落ちない。

 身分によって着ていい服の材質に縛りがある。それが帝国ワイヤードでの掟。

 だとすると、服を着てはならない=どの材質もふさわしくない。ということになる。

 それは帝国に於いては、れっきとした「最下層」を意味する。

 だとすれば彼女に服を着るなと言いつけたのはおそらく……。

 権力の違いの誇示。

 だとすると幾分か納得できる……かもしれない。詳しいことは本人に聞かないとわからないけど。


「どうやら、この世界の衣服の文化は私達のところとは少し違うようですね」


 俺が真剣に考察している様子を見たからか、クローラが言ってきた。


「もしかして、『どうして奴隷は裸でいなきゃならないんだ』と疑問にお思いでいらっしゃるのでは?」

「え? あ、あぁ。まぁな」

「そうでしたか。でも、多分今お考えになっているようなことはないかと思います」

「そうなの?」


 あれー、じゃあやっぱり……その手の目的だったということなんだろうか。俺の深読みしすぎだったのかなぁ。


「実はワイヤードでは身分によって着ていい衣服に制限がかかっているのです」

「ん?」

「例えば貴族の方だったら絹、騎士や軍……役人の方などは麻や綿といったように。一目で身分の違いがわかるようになっているのです」

「いや、その」

「ですから裸でいることはどの衣服も着ることができない……すなわち一番下の身分であることを意味するのです。前のご主人様はそれをはっきりさせたかったようで」


 ……。


「? どうかされましたか、ご主人様」

「いや、俺が今考えてたことと一寸の違いもなく合致してたもんで」

「そうなのです!?」


 口元を抑えて若き女奴隷は心底驚いたようなリアクションを返してきた。

 いや俺も驚いてるよ。ドンピシャで当てちゃってんだから。

 となると、だったら最初俺が何考えてたと思ったんだよって話なんだけど。


「それは……普通にいつでも犯したりできるように、とでもご想像されてたのかなぁと」


 あれれー? 俺もしかして侮辱されてるぅ~?

 いや確かに最初の最初は一瞬そう思ったけど、他人にそう思っただろって言われると無性にムカつくんだけど。


「まぁそのようなわけで、奴隷の私がお召し物を着るのはもちろん、汚すなんてもっての外でございますから、こちらの服は謹んでお返しいたします」


 と言ってクローラは、割といい加減な畳み方をされたTシャツを返上してくる。

 事情は粗方わかったけど、ここで返されても正直困るんだけどな。主への忠実性というのは、異文化の順応性は必ずしも直結しないようだ。

 俺ら隔てている見えない壁。それは身分の違いではなく、異世界感の価値観の違い。まずはそこを壊さしていくことからだな。


「クローラ。落ち着いて聞いてね」

「はい?」


 小首を傾げる彼女に向かい合って俺は腰を下ろした。


「確かにワイヤードでは、服が身分証代わりとして強い意味を持っていたってことは理解した。だけど、この世界で君はこれから生きていくわけだから、まずはうちらの文化について知っておいてもらいたいんだ」

「ご主人様の、文化……」

「うん。結論から言うとね、ここでは誰もが自由にどんな服でも着ていいんだよ」

「……! 誰でも、ですか?」

「ああ。なぜなら、ここには身分なんてものがないから」


 それを聞くなり、クローラは目を大きく見開いた。


「誰でも自由に……それでは、身分の違いがわかりにくくなりそうな気がしますが……他に何か明確に立場を証明できる要素があるのですか?」

「確かに、そういう考えに行き着くよね。でも、その心配はないんだ」

「なぜです?」

「だってこの世界に、そもそも身分なんてもんがないから」

「……」


 ぽかん、と呆けた表情でいる女奴隷。無理も無いだろう。

 リファは騎士というそれなりの階級にいたがゆえに、異世界にいた当時から格差を感じさせられるような生活を送ってこなかった。だから四民平等を説いてもさほど驚きもせず、順応するのにも時間はかからなかった。

 だがこの娘は違う。奴隷という人の下で虐げられる存在。身分制度のもと、常に上からの圧力に耐えるような生活を送っていたに違いない。

 それがいきなりみんな対等ですよとか言われても戸惑うばかりだ。一転して他の連中と同じように振る舞えるものでもないだろう。


「身分が……ない」

「そ。誰もが平等な世界。誰を差別されることも、誰かに従わされることもない。誰からも同じ扱いを受けて、誰にでも同じように接する。それがこの日本って国のあり方なんだよ」

「……」


 彼女はまだ目をパチクリさせるだけ。この分じゃ理解してもらうまでには相当時間かかりそうだなぁ。

 と、思っていたら。


「……くすっ。ご主人様は面白いことをお言いになられますね」

「へ?」


 なんと奴隷さんは、こらえ気味に笑い始めたのである。

 もしかして、あまりに信じがたい話だから俺が冗談を言ってると思ったのでは? いや、そう取られても仕方ないかもしれないけど。

 ひとしきり笑った後、目尻に浮かんだ涙を拭いうて、クローラは俺をまっすぐ見据えて持論を口にした。


「格差がない世界など存在するわけがないでしょう」


 空気が固まった。

 今までの彼女とは少し違う、暗くて冷めた表情と口調。


「人間が複数集まったら、そこには必ず階級が生まれるのですよ。強い者が上に立ち、弱い者は服従するしかない。どこに行ったってそれは同じです。違いますか」


 違わない。

 言われてそう感じた。

 確かに人が二人集まったらその時点で「社会」が形成される。社会を成り立たせているものは、上下関係。

 誰かが上に立ち、社会を管理し、統治し、初めて調和が成り立つ。

 身分制度なんてものはそれが極端化した例であるってだけだ。

 それはつまり――社会構造に組み込まれたシステムの一つに過ぎないということ。


「たとえ私のような奴隷がたくさん集まって集落を作ったとしても、きっとその中でまた新たな身分制度が生まれるでしょう」


 目を伏せて静かに彼女は語り続ける。


「いわば自然現象なのですよご主人様。いつの間にかできているものであって、誰かが意図的に作り出すものではないのです」


 奴隷にしては意外と弁が立つ奴だな、と俺は素直に感心した。

 達観してると言うかなんというか、あまりに過酷な現状を経験して悟りでも開いちゃったのかな?

 普通にすごいなーと思うのは、本当に彼女が頭が冴えてるからか、それとも日頃からあの女騎士ポンコツの相手をしてるせいで感覚が麻痺してるせいか。


「ですからこの世界も、ワイヤードほどではなくてもある程度そういったものは存在するのでは?」

「……そうだね」


 やっぱり。と言ったように、クローラは軽く一息ついた。


「差別や服従関係が身分制度ではありませんからね。師弟、教師と教え子……相手を敬ったり指導したりする間柄も、立派な上下関係だと思いますです」


 一分一厘、返す余地もない。

 少なくとも、彼女が展開する理論に関しては。

 だがそれは、彼女自身が自分を奴隷扱いすることの正当化にはならない。

 だから俺は、自分の気持を包み隠さずこう言う。


「でも、俺は君を奴隷扱いする気はないから」

「ふぇ?」


 シリアスな雰囲気から、さっきの健気な表情に戻されたクローラは少し戸惑った。


「ど、どうしてです?」

「そうする理由がないから」


 即答で俺が返事を返すと、またもクローラは困惑したような反応になる。


「君の言ってることは間違ってないよ。だけど奴隷ってのは、普通の上下関係の中で生まれるものじゃないと思う。相手を人間扱いしようとしない、そういう傲慢な奴がいないと出来ない存在だ」

「……」

「俺はそういう人間じゃない。そういうのになるつもりもない。だから君を隷属させてどうしようとかいう気もサラサラない。これだけはわかってほしい」

「理由……ですか」


 今度はクローラが考え込む番だった。一応理屈じゃなくて本心を言ったつもりだけど……これで納得してくれるかな。


「それなら、やはり私はあなたの奴隷として生きましょう」

「は?」


 投げたボールをそのまま返されて顔面に直撃した気分を味わった。ここまできれいなカウンターも珍しいなオイ。


「あの……それはどうして」

「理由は二つ。一つ目は、私があなたの奴隷になりたいと願ったから」

「え?」

「転生する前。死者処理事務局……でしたっけ? ――の方にこの世界で生きる上でいくつかの職業を提示されたという話はしましたよね?」

「お、おう」

「色々な選択肢をいただきましたが……私にはどうしても、どれもうまくやっていける気がしなかったのです。だって、見たことも聞いたこともないものばかりでしたから」


 奴隷という自分の世界が狭い人間特有の悩み、といったところか。

 知識の数が少なければ少ないほど、新たなる要素への自信が小さくなる。

 リファも自宅警備隊という名前だけじゃ騎士とほぼ変わらなそうな職を選んだが、クローラほど真剣に悩むことも不安に感じることもしなかったはずだ。

 いや、むしろ期待のほうが大きかったのかもしれない。初めてあいつとこの部屋で出会った時。初めて出会う異世界人への威圧感と平然とした面構え。相当メンタルが強い証拠。

 クローラも自然に振る舞えてるように見えるが、きっと内心怖く感じているところがたくさんあるのだろう。


「私の世界は、奴隷であることで続いてきた。もしそれを奪われたら、本当に私の存在が消えてしまう気がして……。生きる世界が変わっても、私は自分の世界を変えたくない……変わりたくなかったのです」


 だから、奴隷を……生前の自分がやっていたものと同じ職業を選んだ。その方が気兼ねなく、無理なくこなせると思ったから。今までの自分が、消えずにすむから。

 新たな世界でも騎士らしく生きていくために、と言う理由で職を選んだリファとは色々と反対な面がある人物のようだ。


「じゃあ、もう一つの理由は?」

「それはもちろん、ご主人様のことですよ」


 俺?

 いきなり理由の一つに自分を挙げられて、少し面食らった。

 何故かと訊いてみたら、返ってきた回答が以下。


「ここでお世話になるからです」


 ……。


「居場所を与えてくださる。それだけでクローラにとってはお仕えするのに十分すぎるほどの理由でございます」

「クローラ……」


 にこ、と自らを奴隷と称する少女は最初に見せたような優しい笑顔に戻ると、そのままもう一度その場で深々とひれ伏した。


「だから私は、貴方様を敬い、尽くし、どんな命令でもお従いします。ですからどうか……クローラを見捨てないでください」

「……」


 なるほどね。俺は気持ちを整理してひとまず深呼吸。

 そして彼女にそっと手を差し伸べる。


「顔を上げてよクローラ」

「ご主人様……?」

「さっきも言っただろ。そういう堅苦しいのはナシにしようって」


 恐る恐る面を上げた彼女に俺は優しく言った。


「俺が君を奴隷としては扱わない。この考えは変わらないよ。でも……俺の奴隷として仕えたいっていう君の気持ちを否定する気もない。無理に言ったらそれこそ隷属させるのと同じだからね」

「……」

「だから、お互いが好きなようにやればいいんだよ。誰もが自由にできる。それが平等ってやつだからさ」


 どう振る舞おうが人の勝手。迷惑になりさえしなけりゃ、別にいいだろって話。

 その方が、ずっと気が楽だ。


「私は……私の好きなように……ですか」

「うん。それとも、それもできそうにない?」

「……いいえ」


 ふるふると首を振ってクローラは否定した。


「私の願いは、ご主人様へご奉仕することだけです。それができるだけで、私は幸せなのですから」

「……そっか」


 もちろん、それだけが幸せで済ませてやろうとなんて微塵も思ってない。

 彼女がその価値観から早く抜け出して、本当に自分にとって幸せなことを見つけてほしい。

 今すぐには無理だけど、俺達はまだ出会ったばかり。時間はいくらでもある。これからゆっくりと探していけばいいさ。


「では改めて……よろしくおねがいしますね、ご主人様」

「ああ、こちらこそ」


 本日何度目かになる挨拶を交わし、俺達は契約を結んだ。

 対等に接したい主と、付き従いたい奴隷少女。

 またここに新たに、奇妙な関係が生まれたのだった。


「ではでは! さっそく料理の方をですね……」


 あーっと、ここでまた話がもとに戻ってきたぁ! 服の自由から身分制度の話まで発展して、なんかいい雰囲気になったと思ったところにこれだぁー!


「あの、クローラ……とりあえず服をだね……」

「? ですから私がご主人様の衣服を着るのはさすがに……」

「いや、だからそういう縛りはこの世界にはなくて」

「でも今しがた私は私で好きにしていいと――」


 と言い返してきたので、「誰だよ好き勝手やっていいなんて言った奴!」って思ったら。

 俺なんですよ。

 自分の持論で論破されるとか情けないにも程がある。

 クローラは再び裸のまま厨房へと足を運んでいってしまう。

 畜生、このままヌーディストクッキングを始めさせてしまったら……それもそれでいいかもと思ってしまう俺が生まれてしまう!

 そして挙げ句には自分も裸になって釣り合いとろうと考える俺に進化し、そのまま彼女をクッキング(隠語)しちまおうぜと考える俺へとランクアップしかねない!

 くそー、一体どうすればいいんだ。と頭を悩ませていたその時。


 ぽふん。


 と、小さく丸められた布状の何かがクローラの頭に投げつけられた。


「……なんですかこれ」


 彼女が拾って広げてみるとそれの正体は……。


「エプロンだ。それを使ってろ。付き合いきれん、まったく」


 その名を呼んだのは、ベッドに寝ていたはずの女騎士、リファレンスだった。

 彼女は鬱陶しそうに後頭部を掻きながらまたベッドにゴロンと横になる。


「寝直す。メシができたら起こしてくれ」


 うーんこの自宅警備隊様様な態度。ムカつく。


「……エプロン……」


 女奴隷はまじまじとリファから受け取ったそれを見つめる。

 流石に異世界でもエプロンぐらいはあるだろうから、そこまで大きな反応は示さないものかと思ったが……。


「この手がありましたか!!」


 大喜びだった。

 なんなの超豪華な贈り物受け取ったみたいにはしゃいじゃって。お袋のお古だぞ? おふくろの味たっぷりの油汚れのシミがつきにつきまくってんだぞ。


「ご主人様は私に服を着てほしい。でも私はご主人様の衣服を汚す訳にはいかない。でしたら、こうすればよいのです!」


 と言って、彼女は素早くその昔からのエプロンを装着。

 そして完成。その名も……。


 裸エプロン。


 R-18系じゃ定番のジャンルよね。よもやこんなとこで拝めるとは思っていなかったが。


「どうですかご主人様、似合います?」


 その場でくるりと一回転して、自分の艶姿を披露する女奴隷さん。

 何でだろう。さっきまでずーっと裸だったはずなのに……布を身に着けただけで、どうしてこうも……こうもエロくなるんだろう。

 そんなにサイズは大きくないから、膝上30センチはある。生地も薄いせいか、胸のあたりにはぽつんとした突起が浮き出てしまっている。

 全てをさらけ出すんじゃなく、肝心な部分を隠す。しかしちょっとしたことで露わになってしまう。それがエロい。

 AVで絡みのシーンよりも脱衣シーンの方が興奮するやついない? それと同じだよきっと。

 扇情レベルが急激に上がったことで俺の脈拍も上昇。身体の一部分の硬度も上昇。まさか親譲りの品がエロコスに使われるとは誰が想像しただろうか。


「もしかして、お嫌でしたか?」

「前前前世」

「そうですか、よかったです」


 クローラもその衣装を気に入ったのか、だいぶゴキゲンな様子。


「汚してもいい服なら、私も気兼ねなく着られますから安心ですね、ご主人様!」

「お、おう」

「ではこれから家にいる時は、ずっとこの衣装でいることにします!」

「ええ? ずっと?」

「ですです! これが私の、この世界の奴隷としての標準装備ですっ!」


 爆誕、裸エプロン奴隷。

 いや字面だけ見ると冗談抜きでAVみたいなんだが大丈夫かこれ?


「服を着ることが許されなかった私と、でも服を着てほしいご主人様……その両方を満たしてくれる……ふふ、なんだか私達のためにあるような衣装ですよね」

「そうだね、プロテインだね」


 自分でも気兼ねなく来られる服。

 そんな自分に今一番ピッタリなものをあてがわれて、ようやく先程までの話が進まない状態が解決したのである。

 まぁ想定してたものとはずいぶんベクトルが違う方向にいっちゃってるけど、終わり良ければ全て良しだ。なにはともあれ、よかったよかった。

 よし、いつまでもこうしちゃいられない。これからやるべきことは山ほどある。

 食材の確認、そこからメニューの考案、調理器具の準備など、そろそろマジで食事の用意を進めなくてはならない。

 色々ありすぎて道を踏み外しまくったけど、今度こそはしっかり目の前のやるべきことを見失わないようにしないと。テキパキと、迅速に……。


「ご主人様、クローラ一生懸命お手伝いしますね」


 クローラはフリフリとまる見えのお尻を振りながら張り切っている。

 これだけやる気なんだ、そう無碍にするのもよくないな。

 なら、俺がするべきこと。

 えっと、そうだな……料理をするにはまず安全第一。そのためには平常心を保ち、気を抜かないことが大事だ。



 そう、気を抜かないこと。

 たとえ裸エプロンの娘が隣りにいたとしても。

 どれだけ無防備な肢体を俺の前に晒していても。

 どれだけ自分のことを好きにしていいとか言っていても。



 絶対に、気を抜いてはいけない。

 抜いてはいけないのだ、気を。



 ということなら、最初にやることは一つだな。

 よし! そうと決まれば早速……!




















 抜いてこよう(トイレで)

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