5.女騎士と朝

「……きろ。マスター」

「……ん?」


 まどろみの中でユサユサと身体を揺さぶられ、意識を少しだけ覚ます。

 頭上で誰かの声がする。

 聞き慣れてもいないけど、知らないものでもない声。

 はて、目覚まし時計もスマホのアラームもセットなんざした覚えないのだが。

 いつも自然に目が覚め、その気になった時にベッドから這い出るのがいつものスタイル。他の何かにどやされて起きるなんざ不快以外の何物でもないからな。

 さ、寝直し寝直し……。


「起きろマスター!」


 耳元で叫ばれ、その決意は0.1秒で砕け散った。

 短く悲鳴を上げて飛び起き、周囲を見渡して状況確認。


「まったく、もうとっくに日は昇っているぞ! 天気も快晴のようだし! さぁ、約束通り『こんびに』に連れて行ってくれマスター!」


 俺が体を起こしてからも、やかましい声は鳴り続ける。

 だが、それは使い古された目覚まし時計でも、好きなJ-POPの曲をアラーム音にしているスマホでもなかった。  


 というより、無機物ですらなかった。


 金髪碧眼で、ダボダボのジャージを着込んだ、20歳位のえらい美女。

 リファレンス・ルマナ・ビューア。通称リファ。

 俺の同居人にして、自宅警備隊である。要するに屑である。

 かわいい女の子に向かって屑は言いすぎかもしれないが、ニートはもれなく屑だからいいのである。俺は学生だから違うのである。


「ほら、早く外の光景が見てみたいぞマスター!」


 俺の袖をグイグイと引っ張りながら無邪気に言ってくる。

 一応彼女は元異世界の騎士らしいが、一体どこの誰がそう言い当てられるだろうか。これではただの親にものをねだる子どもだ。 


「うるせぇな、ていうか外の景色なら窓開けて見りゃいいだろうが。昨日も夕立ん時ベランダ出てたろ」


 俺が面倒くさそうに言ってもリファは食い下がる。


「私は実際に外の世界を歩いてみたいのだ。それを楽しみにしていたのに、先取りするようなことはしたくない!」


 見ると、リビングのカーテンはきっちりと閉められており、陽の光が隙間から差し込んで入るものの、外の様子は天気以外全く確認できない。

 変なとこにこだわっちゃってまぁ……。


「ささ、起きるのだマスター! 早く外に出かけようぞ!」

「わかった、わかったよもう!」


 俺は思いっきり背伸びをして、もう起きましたよアピールをしてみせる。

 時計を見てみると9:30。微妙に遅めの時間だな。

 朝飯は……なくていいか。昼飯と一緒に済ませてしまおう。


「ところでマスター、今日はどのような予定でいくつもりだ?」

「よてい?」

「まさかこんびにだけで外出を済ませるつもりではあるまい。昨日も色々買い揃えるものがあると申していたではないか」

「ああ、そうだな」


 せっかく外に出るからには、いろいろ溜まった用事を一気に片付けちゃいたいからな。

 リファの言う通り、彼女関連で色々調達しなければならないのだから。


「とりあえずまずは服だ。歩いてすぐのとこに服屋があるから、そこでお前の部屋着と外着と下着を一式買う」

「まず服屋だな、ふむ。次は?」

「次にバスを使って100均に行く。ここで歯ブラシとかの生活用品を買い足す」

「ばす? ひゃっきん……?」

「バスは移動するためのキカイ。100均はコンビニの亜種みたいなもんだ。詳しいことは現地で説明するよ」

「ばすでひゃっきん、ばすでひゃっきん……」


 ブツブツと繰り返すリファを尻目に、俺は続けて日程を述べる。


「んで、その足でスーパーに行く。市場みたいなもんだ。そこでは今日の昼食と夕食の材料を買う」

「市場か! それは楽しみだ。もちろん、私も一緒に献立を考えるぞ!」

「はいよ。それでそこの用事が済んだら、バスでまたこっちに戻って、コンビニだ」

「おお、ようやくコンビニか」


 ぶっちゃけコンビニで買えるものは100均で事足りるのだが、ATMで金をおろす大事な用がある。

 それまでの行程で、どれだけ出費がかさむかわかったもんじゃないからな。


「よし、予定は理解した。私の方で何か準備しておくものはあるか?」

「まずは顔を洗ってこい。洗面所の場所と使い方は教えただろ」

「おっといけない。私としたことが洗顔を忘れているとは! 失礼する!」


 とてててて、とリファは小走りでリビングから出ていく。

 テンション高ぇなマジ。あんなのに毎日付き合わされてたらこっちの身が持たんわ。

 だが約束は約束だ。反故にしたらしたで後が怖い。

 深く考えすぎんな俺。最初だけだ最初だけ。小学一年の入学式みたいなもんだ。

 俺だって大学入学したての頃は気持ち悪いぐらいクソ真面目だったし。

 授業のノートも、最初の方はびっちり丁寧に書いてたくせして、今じゃミミズがサンバ踊ってるような字の羅列だ。それと同じ。

 さて、すっかり目も冴えちまったことだし、俺もいい加減起きよう。

 のそのそと羽毛布団を畳み、カーテンと窓を開けて換気をし、郵便物を取りに玄関に向かった。

 新聞など取ってるわけではないが、親からの手紙やら大学の書類やらで、ここに物が入ってる頻度はそう低くはない。

 最近確認してなかったから、溢れる前に取り出しとこう。

 郵便受けを見てみると、予想に反し届いているのは1通のA4封筒のみであった。

 やたらと分厚く、ずっしりとしている。大学からか、とも思ったが、ロゴマークがないことからその線は消えた。

 切手もなく、郵便番号も宛先住所も書いておらず、ただ俺の名前だけが署名してある。

 誰がか直接ここに入れてきたのか?

 不審に思い、その封筒を裏返して送り主を確認した。


「死者処理事務局転生判定課担当 木村」


 ……。

 木村あああああああァァァァ!!!!

 俺は心中で叫び、怒りのあまりその封筒を引きちぎった。

 まさかこんなとこでまたお前の名前を見るとは思わなんだぜ。どういうつもりだあんにゃろう!

 どさどさと床に落ちた何枚かの書類とカード。あと折りたたまれた便箋。

 俺はまず便箋を手にとって広げてみる。


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 新涼の候、ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。死者処理事務局転生判定課担当 木村でございます。

 さて、この度あなた様は厳正なる審査の結果「転生者」の同居人パートナ―に選ばれましたのでご連絡いたします。

「転生者」とは、現在お住まいの世界とは別の次元に存在する世界の元住人です。

 彼らはなんらかの偶発的要因によって死亡してしまった場合、こちらの世界に新たに生還することができます。 

 我々はそのような方に「新たな世界での生活へ順応していただく」ことを目的としたプロジェクトを進めております。

 別の次元の世界――異世界での暮らしはおよそこの世界とはかけ離れた生活様式を取っています。そのため転生者は右も左も分からないままここで第二の人生を歩んでいくことになります。

 同居人の方には、誠にお手数をおかけしますが、そのためのサポートをお願いしております。

 突然の申し出ではありますが、衣食住をともにしていく中で、様々な文化、慣習、技術を学び、この世界の人間として独り立ちできるようご協力をお願いしたします。 


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「も っ と は や く 言 え や !!」


 いや、早めに言われても困るが。事後承諾ってのが更にムカつく!

 大半の部分リファから聞いた内容ばっかじゃねーか!

 読む限り勝手に人押し付けて申し訳ありませんの一言もねぇし。何キャンペーンの当選発表みたいなノリで送ってきてやがる!

 そりゃ最終的に俺を選んだのはリファだろうけどさぁ、こりゃねぇだろいくらなんでも!



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 また、転生者には新たな生活を始めるに当たって職業ジョブを設定しております。

 こちらは転生者本人が選択したものとなっております。こちらに関しては新生活を始めるに当たっての生活指針のようなものとご理解くださいませ。

 設定された職業ジョブの内容に見合った待遇及び対応、教育、助力等をお願いすると共に、その仕事内容を全うできるようご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。

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 ・

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 要はただ家ぐーたらさせろってことじゃねーかよふざけんな! よくそんな職業選択肢に含めてくれたなオイ!



「……ん?」


 俺は便箋の最後の方の文面に目と配らせる


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 さて、今後転生者と生活を共にするに当たって必要な資料を同封いたしますので、一覧をご確認のほど、よろしくお願いします。


《資料一覧》

・戸籍謄本

・パスポート

・マイナンバーカード

・住民票

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「……」


 資料の山をかき分けてみると、たしかにそれら一式がきっちり揃っていた。

 偽造には見えない。完璧に本物だ。

 いつの間にこんなものを……どうやったか知らないが、手回しのよろしいことで。

 確かに生活するのであれば、こういうものは必須だというのはわかるが……。

 いよいよもって、俺があいつの面倒を見なくちゃならないという現実が突きつけられる。

 初日はラブコメ全開な展開だったからあえてこういう側面は気にしないでいたが、やはりこの歳で人一人養うのは荷が重い。

 俺自身親の援助がなきゃ生きていけない身だぞ。互いに協力し合って生活するルームシェアとかならまだしも、あいつはこの世界の文化を何にも知らない。

 まさに赤子同然。故に苦労するのは俺一人。果たして俺にそんな大役が務まるのだろうか。

 考えれば考えるほど「後悔」の二文字がもやもやと。

 うーん、少し俺も短絡的すぎたかもしれないな。ここは親に事情話して相談するなりして、色々他の手を打ったほうがいいのかもしれない……。

 リファとの暮らしは楽しみではあったけど、土台無理だったって話だよな、うん。

 養えるほどの財力も家庭力もないのに、簡単に受け入れるのは無責任というもの。ペットを飼うのとはわけが違うんだ。

 別にこの家でなくちゃいけない理由もないし、せっかく暮らすんならもうちょっといいところに住まわせてやりたいし、いい職にも就いてもらいたいしな。

 と、半ば諦めながら木村の便箋の最後の一文に目を通す。


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 なお、転生者のご家庭には原則として毎月三十万円の出資が行われます。

 出資金は同居人の方の口座に振り込まれますが、初月に限り現金でお渡しします。


 それでは、今後のご生活の繁栄をお祈りしております。 

 木村

 ---------------------


 ドサッ、と。

 そこで紙に包まれた何かが持っていた封筒からずり落ちる。

 どうやらずっしりしていた原因はこれらしい。

 数十枚の長方形の紙の束。紙テープでしっかり固定されている。

 そう、それはまごうことなき――


 金


 ……。

 しょうがね~~~~~~な~~~~~¥

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