幼い日の約束 前

 *****


「僕、帰りたくないよ。シルフィとずっと一緒にいたい」

「私だって寂しいわ。でも、あなたのお父様とお母様は、会えるのを楽しみにしていらっしゃるはずよ」


 まだ幼さが抜けきれない男の子に、私――シルヴィエラは笑って見せた。大きな目に涙をためたその子は、すがるように私を見ている。本音を言えば私だって離れたくない。けれど、彼――ロディの幸せを願うなら、笑顔で送りださなくちゃ。

 私はつらい気持ちを押し隠し、無理に微笑んだ。

 



 八歳の私と六歳のロディの出会いは、二年前のこと。ある日突然、外出先から帰った両親が、田舎にある我が家に男の子を連れてきた。

 私の父は男爵で、母は結婚後も王城勤めの経験がある。侍女から聞かされた話によると、私の母はお人好しで有名だったらしい。「うちで預かることになったのよ」と言っていたこの子も、きっとどこかの貴族に世話を押しつけられたのだろう。


 私の髪は母と同じまっすぐな銀色で、瞳は明るく澄んだ青。シアンブルーとも言われるけれど、よくわからない。

 ロディは水色の髪に金色の瞳で、女の子と見間違うほど繊細な顔立ちだった。けれど肌は青白く、手足は痩せ細っている。咳き込んでばかりいたので、私は彼が重い病気なのだと察した。


 我が家で暮らすことになったロディは、ベッドで寝ているだけでもしんどそうだ。それなのに、私や母の顔を見ると気を遣って弱々しく笑う。健気なその様子に胸が痛み、弟がほしかった一人っ子の私は、自ら進んで彼の世話を手伝うことにした。母の真似をして咳き込む背中をさすったり、ご飯を運んであげたり。夜はロディが眠るまで、話をしてあげたことだってある。


『お母様の焼くりんごのパイは絶品なのよ。黒スグリを使ったタルトも最高だわ』

『黒スグリ?』

『カシスとも言うわね。裏の森には木イチゴもなるから、楽しみなの』


 元気になったら一緒にもうと、ロディを誘う。

 考えてみれば、ほとんどが食べ物の話だ。けれど、小さなロディは興味を示す。


『本当? 森にも連れて行ってくれるの?』

『ええ、約束する。だからあなたも好き嫌いをしないで、しっかり食べるのよ。今のままじゃ弱ってしまうわ』


 気分はまるでお姉さん。

 ロディは素直な良い子で、私の話をいつも真剣に聞いてくれる。彼は食がひどく細く、肉が嫌いで野菜も嫌い、スープやシチューはほんの少しで、パンもほとんど口にしない。これなら、治るものも治らないと思う。そう力説した私に、彼が問いかけた。


『僕が死んだらシルフィは悲しい?』


 幼いロディは『シルヴィ』と上手く発音できずに、私を『シルフィ』と呼ぶ。そこがまた愛らしい。


『当たり前よ! 冗談でもそんなこと言わないで。私だけでなく、ロディを好きな人みんなが悲しむわ』

『そんな人、いるのかな……』


 私はぽつりと漏らす彼の頭を撫で、続いて髪をくしゃくしゃにした。

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