第一幕 ミスミミミと呪いのピアノ (3)


 放課後。

「さぁ! 今日こそ! 死者の声を聞くわよ!!」

 と、文芸部の部室で高らかに宣言したのは、お察しのとおり、工藤菊であった。

「呪いのピアノと死者の声、関係ありますか?」

「呪いのピアノで殺された死者の声よ!」

 絶対に聞きたくない。

 イマイチどころか、まったくやる気のないまま、半ば腕をひかれるようにして菊、弥生と三人で第二音楽室に向かう。

「ついたらとりあえず写真をとって、それで透史、弾いてみてよ」

 菊が楽しそうに言う。

「なんで俺がっ!」

 最悪死ぬのに。信じてはいないけれども、死ぬといわれているものを好き好んで弾きたいとは、まかり間違っても思わない

「っていうか、弾けませんよ、ピアノなんて」

「猫ふんじゃったでいいって。それぐらいならできるでしょう?」

「雰囲気でねー!」

 猫ふんじゃった弾いたことが死因って絶対嫌だ。せめて、もうちょっとおしゃれで、それっぽい曲で死にたい。

「あれ、お菊部長、ピアノ習ってるんじゃ?」

「うん、習ってるー。けど、弾きたくなーい」

「弾いてくださいよそこは」

「だって、自分が呪われちゃったら、呪いの効力確かめられないじゃん」

「我が侭!」

「死んだら記事を書けないんだよ!」

「仮に俺が死んだら部活動中止ですよ!」

「先生がそんな因果関係認めないよ」

「不条理!」

 などとわいわい言いながらも、問題の第二音楽室に近づいていく。

「……あれ?」

 最初に気づいたのは弥生だった。

「ピアノ……」

「え?」

「あ、ほんとだ」

 どこからともなく、ピアノの演奏が聞こえてくる。

 なんとなく立ち止まって耳を澄ます。

「これは……、リストのラ・カンパネラ?」

 菊が小さく呟く。クラシックに疎い透史にはまったくわからないが、習っているだけあって菊はすぐ曲名がわかったらしい。

「ってかこれ、マジで超難しい曲だよ。誰が弾いてんの?」

「お菊部長、ピアノにも詳しいんですね。お化けの話だけじゃないんですね!」

 弥生のやつ、さり気無く今バカにしたな。

「で、これどこから?」

 三人の視線が音のする方に向かう。

 まあ、ピアノの音がするなんて、ピアノがある音楽室しかないわけだけれども。

 ゆっくりと歩みを進め、手前の第一音楽室の前を通る。

 音はもっと奥から聞こえる気がするが、念のためドアをあけてみる。

「……誰もいない」

「っていうことは」

 三人の視線が、さらに奥にある第二音楽室に向けられた。

「……誰かが、呪いのピアノ弾いちゃってますけど」

 菊に視線を向けると、さすがに予想外だったのか、菊も困ったような顔をしている。

「……とりあえず、行ってみる?」

 第二音楽室に向かう。

「これ、ドアあけてピアノ弾いている人がいなかったらどうしよう。それか幽霊とか」

 困るよねーとか言う菊の顔は、ちっとも困っていない。寧ろわくわくしている。

「はいはい」

 適当にあしらいながら、第二音楽室のドアの前。音は確実にこの中からしている。

 ドアに手をかける。

「あけますよ?」

 確認すると女性陣二人が頷いた。透史の陰に隠れるようにして。

「……葉月さんはともかく、お菊さんは隠れないでくださいよ」

 死者の声聞くんだろ。

「いいから」

 顎で促されて、しぶしぶ、そっとドアをあける。

 なんとなく怖くて、まず小さくあけた隙間から覗くと、誰かがピアノを弾いていた。よかった、とりあえず人はいた。

 黒くて長い髪がかすかに揺れている。

「え、なんであの子セーラー服なんか着てるの。まさか、幽霊!?」

 背後で菊がバカなことを言っている。

 黒いセーラー服。それの持ち主は一人しか心当たりがない。

「違いますよ」

「うちのクラスの転校生です」

 ピアノを弾いていたのは、ミスだった。

 白い指が、鍵盤の上を踊る。

 長い睫毛がそっと伏せられている。

 優雅に、だけれどもどこか物悲しく奏でられる音楽。

 扉を開け放つタイミングを、部屋に入るタイミングを完全に見失い、三人で小さくあけたドアの隙間から、演奏するミスを眺める。

 魅入られる。

 たっぷり一曲弾き終わり、誰ともなく息を吐いた。

 ミスは一息つくと、ドアの方を見た。

「何をしていらっしゃるの?」

 顔色一つ変えず、尋ねてくる。

 げ、バレてた。

「あなた、それ、呪いのピアノなのよ!」

 部屋に入るタイミングを得て、意気揚々とドアを開け放つと、菊が部屋に乗り込んだ。

「あ、ちょ、お菊さん」

 物事には順番ってものがあるだろう。

「死ぬわよ!」

 なんか霊能力者みたいになっているよ。ズバリ言いそうだよ、古いよ。

「呪いのピアノ、ね」

 ミスが小さく呟いて、軽く鍵盤に触れる。ぽろん、っと音がこぼれ落ちた。

「ただのピアノだけど」

「一見ただのピアノなのに、実は呪いのピアノだって言うところに怖さがあるんじゃない! 見た目からして呪いのピアノだったら全然怖くないじゃない」

 見た目からして呪いのピアノって、どんなだ。血だらけとか? 怖い怖くないとかじゃなくて、そんなの触りたくないだろ。

 あのね、と呪いのピアノについて語り出しそうになった菊の肩を押して、そっと後ろに下がらせる。これ以上この人に喋らせると、話がややっこしくなる。

「ちょっと透史!」

「はいはいお菊部長、あたしが聞きますからー」

「もー、弥生やさしー」

 幽霊バカのことは弥生に任せるとして。

「ええっと、この人のことは無視していいんで。三隅さん」

「……なんで私の名前」

「同じクラスなんで。あ、石居透史です」

「そうなの」

 興味なさそうに呟かれた。っていうか、今日こっち見ていただろ。あれ、見ていたけど見てないのかよ。ちょっと悲しいだろ。

「なんで、ピアノを?」

「なんとなく」

「……そうですか」

 会話が、広がらない。

 ミスはピアノの鍵盤をそっとひと撫ですると、その蓋を閉めた。

「あ、あのミス」

 とりあえず何か言おうと名前を呼び、これは渾名だったと慌てて、

「みさん」

 付け加えた。ミスは無表情で透史を見ると、

「影でなんて呼んでも構わないけれども、直接呼ぶのはよしてちょうだい」

 冷たく告げられた。

「……はい、すみません」

 思わず敬語になる。

「それじゃあ」

 それだけ言うと、透史の返事もまたずに、音楽室の外へでる。

「あ、ちょっと貴方!」

 菊が呼ぶがそれもスルー。

 そのまま振り返ることもなく、すたすたと歩き、廊下の角に消える。

 それを呆然と見送り、透史は一つため息をついた。一体なんだっていうんだ。

「なによ、あの子!」

 ほら、うちの部長が怒っているじゃないか。呪いのピアノどころじゃなくなって。

「色は白いわ、髪は黒くて長いわ、幽霊みたいじゃない! 写真撮りたかった!」

 そっちかよ。ってか失礼だな!


「おっはよー、いっしいくーん」

 三日後、いつものように教室に入って来た弥生は、いつものようなじゃれ合いをすることもなく、

「ニュースニュース。倒れてた音楽部の人達、回復したらしいよ」

 仕入れて来たばかりの情報を、喋りたくて仕方がないようすで告げた。

「おーよかったなー。でも急だなー」

 今井が笑う。

「ねー? 急だよねー。あと、あまりにも音楽部が怖がるから、先生が第二音楽室のピアノを長々と三日ぐらい? 弾いたんだけど、特に異常はなかったって」

「んー、だからやっぱり偶然だったんだよ、体調不良」

「そうかなー」

「そうだよ。なぁ、石居?」

「ん、ああ」

 透史は突然水を向けられて、焦って頷いた。

 三日前、ミスがピアノを弾いていた。

 ちらりと、ミスを見る。

 今日も変わらず本を読んでいた。

 偶然、だよなあ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る