第6話 犯人は、おケツを掘りましたね

 カウンセラー乙丑いっちゅうは腕組みをし、真剣に考え始めた。

 眉間のシワや歪めた口元からくる、ほうれい線を見ても、次の推理は本気で答えを絞り出そうとしているようだ

 乙丑氏の顔が上がり、アサガオのように咲く。


「――――――――”マドラー”。マドラーの先端に予め青酸カリを塗りつけておき、被害者が飲むお酒を、一番先にかき混ぜます。その際、毒はそのお酒に混入されると同時に"洗い流され"、他の三つのお酒へ使い回しても問題はありません」


「なるほど―――――――却下だ」


「えぇ!?」


「マドラーの先端につけたくらいの量じゃ、致死量にはいたらない」


 丙馬の否定意見に対し、カウンセラーはフグのような膨れ面を見せた。

 肌に張りと色艶が見られるとは言え、よわい四十五と考えれば、決して可愛いモノではない。


「もう! 丙馬ひのえまさん。さっきから私の推理をことごとく否定して、嫌がらせですか?」


「嫌がらせも何も、事実と違うんだ。仕方ないだろ?」


「まぁいいです」


 まぁいいです、だと?


 彼女へ与えているストレスなど気にせず、カウンセラー乙丑は先を続ける。


「ところで、マネージャー宛の電話というのは、なんだったのですか?」


「わからん。マネージャーが言うには、受話器に話しかけた途端、通話が切れたそうだ」 


「やだぁ。キモチ悪い」


「乙先生がそれを言うか?」


「丙馬さん……どういう意味ですの?」

 

 そういうところだよ。


「その辺の話は、追々……ともかく、電話のベルは鳴っていた。厨房にいた料理長が音を聞いて仲居が知らせにいった」


「マネージャーの芝居。犯行現場から離れることで、アリバイ工作したともとれますねぇ。ですが、お金さえ出せばイタズラ電話を外部に依頼することもできます……………フフフ」


 なんだ? 黙りこくったかと思えば、急に笑いだして。

 キモチ悪いな。


「うふふ……犯人は、おケツ・・・を掘りましたね」


「は?」


 カウンセラー乙丑の自信たっぷりな顔は、次第に頬を赤らめる。

 彼は慌てふためきながら、両手で顔を覆い指をタコのように、バタバタと動かしながら返す。


「イヤだ! ワタクシたら、お下品。墓穴ぼけつの間違いでした!」


 いちいちイラつくな、このくだり。

 大体、そんな派手な桃色のスーツと、鯉の刺繍がされたストールを巻いてる方が、恥ずかしだろ。


「乙先生……解ったのか?」


 オネェ気質のカウンセラーは、落ち着きを取り戻し、再び顔を見せた。


「はい、オッカ剃刀かみそり。検証しましょう」


「オッカムの剃刀だろ?」


「もう! 丙馬さん? 話の腰を折らないで下さい。今はベッキャムのみそぎでもいいですから」


「いいから! 早く話してくれ」


 丙馬刑事にあおられ、彼は話を切り返し、脱線した話を戻した。


「はい、では端的にお答えします。犯人は―――――【仲居である酒井】」


 カウンセラー乙丑いっちゅうの推理を、丙馬はすぐに消化することができず、彼女は顔をしかめて聞き返す。


「仲居? なぜそう思う?」


「まずは被害者の殺害方法です。青酸カリは液体のまま、折り畳まれたテーブルナプキンの上に"乗せられて"室内へ持ち込まれたのです」


「乗せられた? どういう……」


 脳内の電気信号が、一点に収束するような感覚に陥ると、丙馬刑事は答えを導き出した。


「そうか――――”撥水効果”ね?」


「はい。テーブルナプキンの素材は、食べ物や飲み物の汚れが付きにくように、生地がナイロンやポリエステルで出来ています」


「撥水効果のある生地に液体を垂らすと、吸収されず表面張力でだまになる。ナプキンにくぼみを作り、皿状にしたところへ液体の青酸カリを流し、部屋に持ち込んだのか?」


「【ロータス効果】別の言い方をすると、蓮効果とも言います。蓮の花は汚れが葉っぱに着かないよう、表面がデコボコしていて、いわゆる自然模倣バイオミメティクスなのですが……」


「で?」


 長くなりそうな話を丙馬は切る。

 彼女が睨みを効かせ、強めに聞き返すとカウンセラーは、おどけながら推理を続ける。


「まぁ、丙馬さん怖い。つまりテーブルナプキンを運ぶフリをして、玉になった毒物を室内に持ち込み、おウィスキーが出来上がったタンブラーへ移すわけです」


「それなら、被害者のタンブラーだけ毒物が残っていた辻褄が合う……だが、合理的だろうか? 液体の毒物を撥水加工されたナプキンに乗せて運ぶなんて」


「粉のように固形物にしてしまうと、溶けずに異物が混入されたと見てわかります。なので、瞬時に混ざる液体にするしかなかっのでしょう」


「しかし、マネージャーがウィスキーを作り終わった後に、タイミングよく旅館へイタ電をかけさせることができるだろうか?」


「丙馬さん。昭和のオジサンですか? マネージャーがお酒を作る様子を遠目で見て、スマートフォンで外部にメッセージを送れば、タイミングよくイタズラ電話を旅館へかけられます」


「だ・れ・が・オジサンだ? まだオバサンですらない……マネージャーは客間から遠ざたので、気にする必要はないわけか。だが、夫妻の死角になっていたとはいえ、二人の目を盗んでタンブラーに、毒物を混入できるだろうか?」


「それなら簡単です。たった”一言”、言えばいいのです」


「一言?」


「――――――――今年も奇麗な桜ですね――――――――」


 丙馬刑事は思わず顔の半面を押さえ、目からうろこが落ちそうになるのを止めた。


 そうか、こんな簡単なこと、私はどうして気付かなかったんだ?

 深く考える必要はなかった。

 しごく単純明快な方法ではないか。


「なるほど……客間は見事な一本桜が見どころだった。桜の木に夫妻の注意を向けさせればいいのか」


「夫妻が一本桜に気を取られてるスキに、ナプキンからタンブラーへ移すのです」


 捜査に有力となりえる推測だ。

 しかし丙馬刑事には、ある懸念があった。

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