サイコロジスト・乙丑《いっちゅう》さん ~ありふれた殺人事件~ 「ちょっと、アタクシのことオネェとか言うのやめて下さいます?」

にのい・しち

第1話 刹那の惨劇

 東京都福生ふっさ市。

 横田基地で知られる同市は、西東京では一番小さい面積の地域だ。

 どこの地域にも、興味深い民話が根付いており、福生市にも、その民話は語り継がれている。

 

 多摩川と玉川上水の挟まれた「福生かに坂公園」

 その公園へ通ずる坂道がある。


 昔々、宝蔵院(現在の宮本橋沿いにある奥多摩海道と松林通りの観音堂)の近くに、オミヨという女の子がいた。

 

 その日は、親戚からもらった柿を土産に家へ帰る道中、悪ガキが川で捕えた沢蟹を焼いて食べようとするので、オミヨは沢蟹を哀れみ、悪ガキに柿をあげる代わりに沢蟹を助けてやった。

 助けた沢蟹を見送り、坂をしばらく歩くオミヨ。


 すると今度は、大きな蛇が蛙を呑みこもうとしていた。

 オミヨは蛙を助けたい一心で蛇に「蛙を逃がしてくれたら、蛇の嫁になってもいい」と持ちかける。

 それを聞いた蛇は蛙を手離し「三日後にお前を迎えに行くと」言い残して去た。


 オミヨは家に着くと、その話を両親へ打ち明ける。

 話を聞いた父母は気が動転、可愛い我が子を蛇から守る為、戸や窓に釘を打ち付け家を塞いだ。


 三日後。

 塞いだ夜戸を叩く音がし、父が戸口から外を覗くと、金色の目をした不気味な男が立っていた。

 蛇が人の姿に化けて、オミヨを迎えに来たのだ。


 戸を開けようとする蛇男。

 が、戸が開かないことで、オミヨに拒絶されたことを知った蛇男は、怒り狂って大蛇に変身、オミヨの家に巻き付き、その巨体で叩き潰そうとする。


 オミヨ一家が恐怖で戦慄し、死を待つばかりと諦めかけた時、突然、大蛇の叫び声が聞こえ、家の周辺は静けさに包まれた。

 恐る恐る外へ出ると、そこには――――――――巨大な蟹が鋭く尖るハサミで、大蛇を切り裂いた後だった。


 巨大な蟹は、やがて小さな沢蟹の姿に戻る。

 小さな化け蟹はオミヨがいつぞや助けた、沢蟹だったのだ。

 沢蟹は命の恩人へ恩返しを終えると、坂道を伝って多摩川へ帰って行った。


  以来、この坂は『かに坂』と呼ばれるようになったという…………。


                     「福生市、『かに坂』の民話より」


§§§§§


 話は打って変わって。

 麗らかな春の日和も終わりに近づき、どこか物寂しい時期に差し掛かろうとしていた、ある日。

 福生駅から南へ、約一〇分歩いた場所に位置する旅館。


 神蛇かんじゃたける。三十八歳。

 親は代々、福生市で旅館を営み、息子である彼もその旅館を継ぐ。 

 

 この旅館の魅力は、一本桜が鑑賞できる何とも風流な客間。

 ふすまを開き、居間から見る美しい一本桜は、まるで絵画のような趣向が凝らされ、泊まり客の心を捉えてリピーターとなることが多い。


 とはいえ、桜が散り始める時期というのもあり、旅館の客足は遠退き始めていた為、旅館内には空き室がちらほら目についた。


 営業も区切りがついたところで、旅館の主人である神蛇氏は、桜が鑑賞出来る客間で花見を提案。

 日頃の感謝と労いも含め、妻や従業員達を空いた客間へ集める。


 一本桜を酒のさかなに旅館の人々は、十年物のシングルモルト・ウィスキーを、今か今かと待ちわびた。


 褐色の物が輝きを放つなど、ありえないかもしれないが、ウィスキーにおいては別。

 タンブラーを光に当て、ガラス越しに中の液体を通して見ると、ウィスキーは琥珀のように耀くのだ。


 辛抱たまらず旅館の人々は、目の色を変えて、ウィスキーを乾ききった喉へ流し込む。

 口の中いっぱいに広がる独特の香り。

 喉を焦がすほどの刺激は、生きてる実感を教えてくれる。

 身体は水を吸収するスポンジのように、五臓六腑に酒を染み渡らせる。

 


 ――――――――事件は、その時に起きた。


 おぞましいことに、酒を口にした旅館の主人こと神蛇氏は、悶え苦しんだ末、絶命したのだった。


 刹那の惨劇。


 その後、旅館から通報を受けた、福生警察が現場を保存。

 到着した警視庁、刑事部、捜査一課が臨場を行う。


 鑑識係の検査で、被害者のタンブラーから「青酸カリ」が検出された。

 

 福生警察署にて捜査本部が設置。

 目下、事件は継続捜査中。

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