第35話 玉賀対義田 (第2打席)

(ここで何としても点を返さないと!…ストライクゾーンに来た球は思い切り叩く !! )

 打席に立つ義田はそう心に決めていた。

 玉賀からの初球はインコースに曲がって来るスライダーだった。…義田は懸命にバットを出したが、打球は三塁コーチスボックスの上をライナーで通過して行き、内野席に飛び込んだ。

「ファウルボール!」

 球審が打球の行方を見て言った。

「…あのインコースに曲がって来るスライダーを打ちに行くと、捉えたとしてもファウルになっちまうんだよな…!」

 ベンチ内で金二郎が呟いた。

「だけど金ちゃん、玉賀は直球では勝負して来ないし、外のスクリューボールを捉えるのはさらに難しいぜ!…狙うとしたらやっぱりあの内角に来るスライダーを何とかヒットにするしか無いんだ!」

 球雄が言った。

 マウンド上の玉賀はセットポジションからの2球目に、外のスクリューボールを投げて来た。…義田はその球を狙いに行ったが、バットは沈むボールの上っ面をカスって、ショートバウンドしてキャッチャーミットに収まった。

「…何だか全く玉賀のペースだなぁ…!」

 金二郎が悔しげに呟く。

 …玉賀の3球目は142キロのストレート、外角低めに投げたがボールの判定。義田のバットがピクッと動いたが見送った。

「…次はまた外にスクリューが来るぜ、金ちゃん!」

 球雄が言った。

 …そして4球目、玉賀はその通りに外へスクリューを投げて来た。義田はバットを出しかけて止めた。

「ボール!」

 スイングは取られず、球審が叫んだ。

「おぉっ、読みが当たったな ! 球雄」

 金二郎の言葉に球雄が応えた。

「…読みじゃないさ ! 二塁走者のサインだよ…」

「えっ?」

「都橋先輩が、キャッチャーミットの位置をさりげなく示してるんだ ! …内角の時は右手で右太腿を触ってるし、外角の時は左手を左太腿に置いたり、自然な感じでやってるよ」

「…凄えな球雄 ! …俺、全く気付かなかった !! 」

「今、カウントは2ボール2ストライクだ!次は勝負球を投げて来るぜ、…たぶん内角のスライダーだ」

 球雄の言葉に、金二郎は二塁走者の都橋へ視線を向けた。…都橋が一瞬右手で右腿をさするのが見えた。

 そして玉賀はセットポジションから足を上げて5球目を投げた。

 打席の義田は、玉賀が腕を振るのに合わせて、両手のグリップを緩め、 バットを10センチほど下に落とした。つまりバットを瞬時に短く持ちかえていた。…そしてボールは外角から加速するように曲がりながら懐へ切れ込んで来た。

 義田はバットのヘッドだけを小さく走らせて身体の近くでボールを捉えて押し出すように打ち返した。

「カッ !! 」

 短い打球音で弾かれたボールは三塁手の頭上を越えてレフト線内側ギリギリの所へ落ちた。

「おお~っ!やった !! 」

 チーム初ヒットにベンチとスタンドから歓声が沸いた。

 二塁走者都橋は三塁を回って本塁へ走る。…左翼手が回り込んでツーバウンドで打球を拾って二塁へ送球、都橋は楽々ホームイン、打った義田は一塁を回って二塁へ向かおうとしたが、ハーフウェイから一塁へ戻った。

「ナイスバッティング!」

 ベンチ内はノーヒット無得点の重苦しいムードから解放されて俄然活気づいて来た。

「あの、内角へのえげつないスライダーをタイムリーヒット !! 凄え~っ!」

 金二郎も興奮して叫んだ。

「あの打ち方、あのテクニックは現役時の長嶋茂雄が大洋のエース平松政次のカミソリシュートを攻略するために実践したやり方だ!…さすが義田先輩 !! 」

 球雄も思わず声を上げた。


 …タイムリーヒットを打たれて動揺したのか、玉賀は続く七番打者の甲斐田にフルカウントから四球を与えて一死1塁2塁としたが、八番九番の下位打線をそれぞれ内野ゴロに打ち取り何とかスリーアウトにして切り抜けた。


 …義田のレフト前タイムリーヒットにより1点を返し、試合は5回を終えて2対1、八千代吉田学園のリードは1点となった。


 6回の表の八千代吉田学園の攻撃は、打順良く一番打者のデルゾ瑠偉からだ。

(せっかく義田が1点を返してくれたんだ!…反撃ムードを壊さぬようにこの回は絶対に三者凡退に切る !! )

 …マウンドに上がった百方は、より闘志を燃やしながら、デルゾ瑠偉への投球モーションに入った。

 初球、アウトコースへ投じたストレートは、高めに抜けてボールとなった。

 百方の2球目、力感あふれるフォームから放たれた球は鋭く外角へ切れて行くスライダー、しかし打者は手を出さず、判定はボール。

 …3球目は外角低め、139キロの直球が決まってストライク。

 4球目はカーブを投げて打者が打ちに行ったが三塁線脇を速いゴロで抜けるファウルとなった。

 5球目、外のストレート149キロで勝負に行ったがカットされてファウル。

「…何だか、嫌な予感がする…」

 ベンチでは球雄がボソッと呟いていた。






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