第21話 魔球完成
…6月30日、球雄と金二郎は松戸市の江戸川グラウンド土手に腰を降ろして夕陽を見ていた。
「…決め球、思ったより時間がかかっちまったなぁ」
球雄がそう呟くと、
「すまん、…俺が上手く捕球するまでに手間取ったからな ! …だけどもう大丈夫だ。あの球ならもう絶対に打たれないぜ!ありゃあもう魔球って言って良い出来だ!お前、やっぱり凄えな…」
金二郎が応えた。
「どうかな?…どんな球だって軌道さえ分かれば、良いバッターなら打てるさ」
球雄はあっけなく言った。
金二郎はペットボトルのスポーツドリンクを飲みながら、
「…前から気になってたんだけどさ、お前は今までどこで野球やってたんだ?…中学の時は、野球部にいた訳じゃないだろ?いつから野球やってたんだよ?」
と訊いてきた。
「…本格的に野球をやり始めたのは小学6年生になってからだな。それまではテニスをやってた…」
「テニス !? …」
「母親が昔、テニスの選手だったんだよ。…今は市内のテニススクールでインストラクターをやってる。ま、その関係でね」
「…それが何で野球になったんだよ?」
「小学6年生になった時に、親父とキャッチボールやって、東京ドームに巨人戦を観に行ってさ、野球の方が面白いなって思ったんだ ! …テニスは基本自分1人のスポーツだろ。仲間とワイワイやれる野球の方が楽しいじゃん」
「…ワイワイ?…そうかぁ?」
ここでちょっと金二郎が訝しげな顔をした。
「長江家では野球はあくまでも娯楽スポーツだからな!」
球雄の言葉に金二郎は驚き、
「娯楽?…高校野球は学生教育の一環だろ?」
と言うと、
「…教育と言うなら、部活の指導者は野球の技術戦術に長けてて安全で的確な練習を生徒にさせなきゃおかしいだろ?…甲子園に出るレベルのチームでさえ実際そんな監督が何人居るのかな… ! 」
球雄は静かに答えた。
「まぁとにかくそれでテニスから野球に変わったってか?」
「野球の方が簡単だからね!打つにしたって、バックハンドは無いし、あの狭い打席内だけで打てば良い訳だし、さらに小さなストライクゾーンの球だけ打ちゃあ良いし、さらに打ち損じて変な方向に飛んでもファウルになって何度も打ち直し出来るし…テニスより断然ユルいじゃん!」
「…随分簡単に言うなぁ、だけどお前はピッチャーやってるじゃん!しかも抑え役なんだろ !? 」
そう言われると、球雄はニヤリと笑みを浮かべて応えた。
「…実は親父が色んな変化球の投げ方を教えてくれてさ、目の前のバッターを思い通りに打ち取る方が面白くなったんだ。テニスには、投げるって動作が無いだろ ! 」
「だけどお前、どこで試合してたんだよ?…中学では野球部じゃなかったんだろ?…シニアリーグか?」
「いや、週末に草野球チームに入って投げてたんだ。他の日は自主トレーニングかテニスしてた」
「草野球?…オッサンに混じってか?…そんなのやってたのかよ」
「親父も昔やってた草野球チームなんだ!中学野球より断然レベル高かったよ。…俺は親父に投球術を全て教わって楽しくプレーしてた。時々崇橋監督も投げてる俺を見に来てたんだ… ! 」
「…なるほど、そういうことだったのか… ! 」
「親父と崇橋監督とでどんな話をしたのか知らないけど、俺はチームを甲子園に出場させなきゃならないらしい…」
球雄がそう言うと、
「球雄と俺で、だろ?」
金二郎がちょっとムッとした顔で言った。
「すまん、そうだった!金ちゃんの存在を忘れてた!」
「ひでえ!タマキン黄金バッテリーなのに!」
そして2人で笑った。
「金ちゃん、黄金バッテリーなんて、今どきあんまり言わないぜ」
「そうか?…そう言えばさ、代打のことをピンチヒッターって言うけど、リリーフのことはピンチピッチャーって言わないよな?何でだろ…」
「そうだなぁ…確かにリリーフはピンチの場面で出て行くことが多いのにな!」
「球場アナウンスで、○○に変わりまして、ピンチピッチャー球雄 ! とか流れたらカッコいいじゃん!」
「フハハハ… !! 」
…江戸川の向こうに沈んで行く夕陽を見ながら笑みを浮かべる球雄に、
「…絶対に甲子園に行こうぜ、球雄 ! 」
最後に真顔になって金二郎が言った。
「ああ、タマキン黄金バッテリーでな!」
球雄がそう言って応えた。
…そして翌日、2人は久方ぶりに私立東葛学園野球部グラウンドに戻って来た。
2人の姿を見た崇橋は、笑みを浮かべつつ部員たちにメガホンで声をかけ、ベンチ前に全員を集合させた…。
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