ピンチピッチャー球雄!

森緒 源

第1話 No.1スラッガー 新野

「球雄 ! …あいつが県内ナンバーワンのスラッガーだ!…よく見ておけ」

 長江球一朗(45才)は隣で観戦する息子に静かに言った。

「ふ~ん…」

 面倒くさそうに球雄(15才)は応えて目の前のゲームに視線を戻した。

 …ここは船橋市運動公園野球場、行われているのは夏の甲子園大会に向けた千葉県予選2回戦、八千代吉田学園対S大付属松戸高校のゲームだ。

「四番、サード新野君 ! 」

 場内アナウンスが打者名を告げると、180センチ85キロの堂々たる体躯の選手が、金属バットをブンブンと2回素振りして右打席に入った。

「なるほどね…素振りの音がここまで聞こえたよ ! 当たりゃあ飛ぶって奴だな」

 球雄がちょっぴり上体を乗り出して言った。

 長江親子はバックネット裏のスタンドの上部、高さのある場所から見下ろしている。投手の球筋が良く分かる席だ。

「かっせ!かっせ!しんのすけ~っ !! 」

 内野席の応援団と生徒たちから声援がわき起こる。…八千代吉田学園3年生の四番打者の名前は新野助清(しんのすけきよ)ということで、この声援になっているのだ。

 今の状況は、一回の表、1死1、2塁となっている。ゲーム開始後、先頭打者が三遊間を破るヒット、次打者がバントで送り、三番打者は四球を選んだところだ。

 対するS大付属松戸高校の投手は、177センチ75キロ、右オーバーハンドの正原寛志(まさはらひろし)である。

「スライダーとストレート、あとはチェンジアップかな…ちょっと沈む球…今までのところは、でもまだ球がバラけてる」

 球雄が独り言のように呟いた。

 …球審が右手を上げ、正原がセットポジションに入る。

 初球は外角のスライダー、ボール。

 打席の新野のバットはピクリとも動かなかった。

 バッテリーはサインを慎重に交換した後、一転して正原は素早く2塁に牽制球を投げた。…しかし走者は大したリードをとっていなかったので難なく帰塁。

 再びセットポジションに入って投げた正原の2球目はまたも外角スライダー、新野は上体をぐっと乗り出しながらバットは振らずに見送り、判定はボール。

「フッ…なるほどね ! …次インコースに直球行ったらガツンとやられてこの試合は終わるぜ ! 」

 球雄がそう言った後、正原が投球モーションに入った。

 投げた球はまさしくインコース膝元へのストレート、新野のバットが一閃 ! 鋭い金属音がグラウンドに響き、矢のような打球が三塁の頭上に飛んだ。

 三塁手がジャンプしたが打球はその上を越え、ぐんぐん伸びてレフトポール際の外野芝生席にライナーで飛び込んだ。

「…あ~あ、やっぱりね ! …親父、もう帰ろうよ、参考にならないぜ!このゲーム…第一暑いし」

 球雄が球一朗にそう言うと、

「お前、今の三球目の結果を何故予想できたんだ?」

 父が逆に訊いた。

「簡単な話さ、新野は初めからホームランしか狙ってないからね ! インコースの引っ張れる球を待ってたんだ!…2球目のスライダーに乗り出したのは、キャッチャーに向けた演技だよ…あれでバッテリーはすっかり外角を意識させたと思い込んで、内角低めに直球を投げたんだけど、新野の思うツボだったって訳だ…レベルの低い対戦だったね」

 球雄が答えて、親子は席を立った。

「ところでお前、野球部のメンバーとはうまく行ってるのか?」

 球場の外へ向かいながら父がそう言うと、球雄はヘヘッと笑って、

「…努力中 ! 」

 と答えた。

「帰ったらすぐトレーニングしろよ!何しろ新野を抑えるのは至難の技だからな」

 父の言葉に息子は、

「分かってるさ、奴に早く投げたいぜ、俺も…」

 と小さく呟いていた。


 ちなみにこの試合は5回コールドで八千代吉田学園が勝利して終わった…。新野助清は3打席で1本塁打、2四球という結果だった。









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