スプルース〜奏での木〜
とし
第1話 スプルースの木
「ウオさんは『呪いのギター』の話って知ってるのかな?」
文士郎にそう話をふられた俺はかぶりを振って答えた。
俺と文士郎は馴染みの居酒屋「かんづめ」でかれこれ二時間も他愛もない話しで盛り上がっていた。そのうちにお互いが持っているギターの話しになり文士郎がいきなり問いかけてきた。
「いや、知らんけど・・・ 何それ?」
知らないのならば聞かせてあげようと文士郎がジョッキビールを片手にニヤリと笑う。俺もグビリとビールをひと口飲むと興味津々と身を乗り出して耳を傾ける。
「ギター」と聞いて放ってはおけないだろう。俺も文士郎も端くれとはいえプロのミュージシャンなのだから。
「ミュージシャンの間では都市伝説らしいんだけどね」
そう前置きをしてから文士郎は語り始めた。
「その呪いのギターはもともと樹齢二百年のスプルースっていうマツ科の針葉樹だったんだ。そしてある時伐採業者がやって来て木を切り倒してしまった。その伐採業者は金をケチってお祓いをしなかったんだってさ。
浄化することなく切られた木は殺された怨みをずっと引きずり続けていくっていうのにだ。
案の定、わずかばかりの金を出ししぶったせいで伐採業者の社長は木を運んで来た二トントラックに轢かれて死んだんだって・・・」
話す文士郎の口元がニヤリとゆがむ。俺たちがいる酒場の薄暗い照明がレンガ造りの壁に黒い影を落として延びている。怖い話にはもってこいの雰囲気だ。
「次に死んだのはギター工房の社長だった。スプルースの木を加工していた時に工房の職人たちが見ている目の前で心臓発作でぶっ倒れたらしい。
その後もギター工房では道具が無くなったり職人が次から次へと怪我をしたりして嫌な雰囲気が流れ続けたんだ。そんなわけでギターが完成するまでには何年もの月日がかかってしまったらしい。
そうして、ようやく売りに出されたギターを最初に買ったのは政治家の息子だった」
「死んだのか?」
さも面白そうに合いの手を入れる。
「いや、死ななかった。政治家の息子は格好ばかりでまるでギターを弾かなかったんだよ。でも、久しぶりに弾こうとしたら弦が弾け跳んだんだ。こんな感じでっ!」
言いながら文士郎の長い腕が俺に向かって鋭利な刃物で切り上げるような真似をした。
「うお———っおおお・・・何しやがる文士郎てめぇ・・・やられた——」
俺は大げさに両手を挙げてうめく。
「ここで死んだな? 間違いなく死んだだろ?」
「ウオさんも関西のノリについてこられるようになったね〜 」
文士郎はニヤニヤ笑っている。
「でも残念。死ななかったんだよなあ。 弾いた弦はムチのようにしなって顔を打ちつけて顔の肉が半分以上削げ落ちたらしい」
想像するとグロい。俺の口からは変なうなり声があがり知らず知らず自分の顔をなでていた。
「木を無闇やたらに切った罰があたったんだな。どう考えても人間が悪いよな」
「優しいね、ウオさんは。
ウオさんのそういうとこ好きだぜ。
目に見えないものへの崇拝とか畏れとか、そういうもんを感じるウオさんの心根って子供のように無垢で素直で汚れを嫌うだろ。
こういう話を聞いたらウオさんがどんな反応するかと思ってたけど・・・」
「あっ、予想どうり・・・か?」
「まあね・・・」
文士郎の男前の顔がくしゃっと笑っていた。
まあ確かに、文士郎の言うとおり俺は背も低いし童顔の丸眼鏡の三枚目だし、若く見られるから子供のまんまだと言われても仕方がないとは常々思ってはいるけどね。子供のように無垢で純真・・・いや、何、照れるだろうよ。
「でね、そのギターはまた売りに出された。そして、次にギターを買ったのは俺たちみたいなミュージシャンの男だった。
その男は来る日も来る日も路上ライブをし、SNSにMVをあげたり自分を売り込むために必死でギターをかき鳴らしたりしたんだ。
そうしているうちに、男はあっと言う間にスターダムにのしあがっていく。作る曲、作る曲が全部大ヒットしていって彼を知らない人間は誰もいなくなった」
「俺たちの夢そのまんまだ・・・いいなあ・・・」
そう呟く俺と同じ気持ちなのだろう。文士郎もうんうんとうなずいて話しを続けた。
「でもね、その『呪いのギター』は彼が名声を得るために彼のライバルになりそうなミュージシャンを全員排除していたんだ」
文士郎が指で首の辺りを切る真似をしてみせる。俺は思わず目をむいてしまう。
「やべぇじゃん、それは・・・やっちゃイカンやつだな」
「男もそれに気づいてしまったんだ。もうそのギターを弾きたくはなかった、もう歌なんてやめてしまいたかった。仲間を失くしてひとりぼっちで音楽をしたくはなかった。
それなのにギターを弾く手は嫌でも動かされた。怖くなった男はギターを叩き割ろうとしたり売ろうとしたが、そんな時は体が全く動かなくなるんだ。
男は考えた。ギターを弾きながら・・・」
文士郎の長い指がジョッキの口をゆらゆらと揺らしている。長い沈黙に続きがどうなったのかと俺は目で問いかける。
「ふふ、男は・・・続きはウオさんの想像に任せるよ」
「なんだよ、それっ? 最後が聞きたいんだよ。自分で死を選んだんだろ? それとも自分で腕を切り落としたのか?」
「ふふ、『呪いのギター』なんだから残酷な結末なんだと思うよ」
「あ———なんだよ文士郎、卑怯っっ———教えろよ———」
俺はテーブルをバンバン叩きくせっ毛の髪をぐしゃぐしゃかきむしっていら立ちを露わにする。
結末を教えてくれない非情な文士郎に文句を言うが彼はもう話しの続きをする気がないのか残っていた手羽先に食らいついていた。
仕方なく俺は椅子の背にもたれかかる。椅子の背に張りつめていた気持ちが抜けていくようだった。
日々ギターを愛用しているわが身には『呪いのギター』は禁断の魅惑の果実だ。
夢、富、名声、全てが一曲で手に入るなら呪われてもいい。そう思うくらい俺はどん欲にがむしゃらに夢を手に入れようと必死に走っている真っ只中だった。何においても「自分」が一番大切と思っていた。
けれど、「自分よりも大切な誰か」を失くす怖さがわからないほど馬鹿ではない、そう思っている。
俺の目の前で文士郎がその大きな体を椅子の背に沈め眠そうにあくびをしている。
(文士郎は何でこんな話をしたのかな? ギターの・・・スプルースの木の話だけど・・・仲間を失くしていって・・・・・・・。 ったく、最後が一番肝心なのに言わないんだから・・・グロいの文士郎嫌いだもんなぁ・・・)
そう思いながらそろそろ帰ろうかと会計をする為に店員に向かって手を挙げる。
俺も酔いが回ってきていた。
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