5 打倒、豪龍組!

 エレベーターを降りると、目の前には壁があった。


「行き止まり……?」

「いえ」


 ルシールはまるで何度も来ているかのような慣れた手つきで壁を横にスライドさせた。


 壁の向こうにはだだっ広いフロアがあった。

 なるほど、向こうから見れば完全な隠し扉なのだ。


 中央のテーブルを囲んでだべっている豪龍組のメンバー。

 その数はおよそ二〇人ほど。


「なんだ手前ら!? どっから湧いて出やがっ――」


 乾いた破裂音が響く。

 いち早く立ち上がった男の頭を花子の≪大英雄の短銃センチメンタルヒーロー≫の弾丸が撃ち抜く音だった。


「運が悪かったね」

「こ、こいつっ!?」

「フェアリーキャッツの深川花子か!」


 悲鳴もあげずに倒れた仲間を乗り越えて残りのメンバーが前に出る。

 彼らはDリングの守りを発動させ、続けざまに各々ジョイストーンを取り出した。


 その瞬間、ルシールの≪黄聖空間サークレッドエリア≫が発動。

 足元から黄色い靄が立ち上る中、花子が敵の一人に跳びかかる。


「なんだ、JOYが……?」


 能力が発動しないことに気づいて狼狽える男たち。

 彼らの真ん中めがけて美紗子は足もとの消化器を投げつけた。


「あがっ!?」


 直撃を確認すると美紗子と花子は同時に走り出す。


「せいっ!」

「ぎゃっ!」

「よそ見してんなよ!」

「ぐええええっ!」


 美紗子は正面から突っ込んで鉄パイプで殴打。

 花子は敵の背後に回って首元をナイフで斬り裂いていく。

 二人は絶妙のコンビネーションで次々と男たちを戦闘不能にしていった。


 超人的身体能力を持つSHIP能力者二人による怒涛の速攻だ。

 JOYの使えない男たちなどいくら束になろうが敵ではなかった。


 圧倒言う間にフロアの敵を全滅させると、美紗子と花子はどちらからともなく親指を立て、互いの健闘を称え合った。




   ※


 さらに三人は上の階を目指す。

 奥の階段から二十六階へと向かった。


 こちらも下の階と同じ様な大フロアになっている。

 豪龍組が占拠する前は企業のオフィスだったのだろう。

 ここも下の階と同じように成員たちの戯れの場と化していた。


「侵入者だと!? 下のやつらは何をやって――」


 この辺りの階にいる構成員は纏う空気からして一般人とは違う。

 たぶん、能力解放前から豪龍組に参加していた幹部クラスだろう。

 中には身覚えのある顔もあるし、敵の戦力はこちらの十倍を超える。


 しかし美紗子たちにとっては障害にもならない相手である。


 先ほどと同じように、まずは花子が≪大英雄の短銃センチメンタルヒーロー≫で一人を狙い打つ。

 不幸にも犠牲となった男が倒れると同時に、美紗子も持っていた鉄パイプを投げつける。


 立て続けに二人が倒されたことで相手が反撃の意思を見せる頃には≪黄聖空間サークレッドエリア≫が室内に能力封じの空気を蔓延させていた。


 後は接近戦で片付けるのみ。

 美紗子と花子は左右に分かれて手近な相手を次々と打ち倒していく。

 ルシールもSHIP能力者としての身体能力を十分に見せつけ、二人には多少遅れるものの確実に敵の数を減らしていった。


 三十人の敵幹部を戦闘不能にするのに、三人で五分とかからなかった。


「楽だわぁ。ほとんど無敵モードって感じ」


 花子は余裕の感じで先に進もうとする。

 だが美紗子はちょっとした異変に気づいていた。


「ルシールさん、どうしたんですか」


 動かない豪龍組メンバーが転がる部屋の中央。

 ルシールは俯きがちに息を荒げていた。


「い、いや。大丈夫。なんでもない」


 お腹を押さえて顔をあげようとしない。

 どう見ても大丈夫には思えなかった。


 敵の反撃を食らったのだろうか?

 花子や美紗子と違ってルシールはDリングの守りを展開していない。

 いくら相手が生身とはいえ、攻撃を食らえば痛みも残る。

 それにしても、息の切らし方が尋常ではなかった。


「やっぱり疲れんの? あの能力」


 いつの間にか花子も足を止めて心配そうに見ていた。

 問いかけにルシールは否定も肯定もしない。

 つまり、その通りなのだろう。


 一定範囲の空間上のすべての能力を封じるという能力。

 花子レベルなら弱体化で済むが、弱い能力者には発動すら許さない。

 そんな強力な能力を連続して使用するには、かなりの気力と体力を消耗するのだ。


 少し休憩を取るべきか?

 美紗子は迷ったが、顔を上げたルシールは、


「本当に大丈夫だから」


 と辛そうに笑みの表情をつくっていた。


「チャンスは今しかない。豪龍はこの上かもう一つ上の階に必ずいる。あと二回くらいなら問題なく使えるから……」


 額に玉のような汗が浮かんでいる。

 ルシールが無理しているのは間違いない。

 だが、ここで判断を間違えるわけにはいかない。


 三人は最初で最後の奇襲に成功し、すでに豪龍の喉元まで差し掛かっている。

 この三か月、豪龍率いる豪龍組はL.N.T.に住む住人すべてを苦しめてきた。

 奴の打倒は美紗子たちだけでなくこの街に住む人々全員の願いである。


 多少無理してでもやるしかない。

 美紗子は腹を決めた。


「わかりました。では戦闘は私たちに任せて、ルシールさんはサポートに徹して下さい」


 ルシールは頷き、心持ち重い足取りで二人の後に続いて歩いた。




   ※


 二十七階にやってきた。

 目の前には下の階と比べて明らかに物々しい両開きの扉がある。

 扉を開くとそこには異様な光景が広がっていた。


 下の階と同様の広さのフロア。

 ただし、その趣はかなり異なっている。


 扉からまっすぐ奥へ敷かれた金縁のレッドカーペット。

 無意味に豪奢な赤と金の布が部屋の両脇を彩るように垂れ下がる。

 果たして誰が使うのか、豪奢な調度品が壁際の棚にずらっと並べてある。


 その一番奥で、まるで玉座のようなソファに身を沈めた豪龍爆太郎が、美紗子たちを出迎えた。


「ようこそ我が城へ」

「ふざけないで」


 悪趣味な部屋の中央にふんぞり返る豪龍。

 そのふざけた傲慢な態度には美紗子も怒りを禁じえない。

 目の前の男こそがこの三ヶ月、街の人々を苦しめ続けてきた悪の根源である。


「豪龍爆太郎、あなたの悪事もここまでよ」

「散々調子に乗ってくれやがって。てめーの脳天に鉛弾ぶち込んでやるよ」

「くっくっく……水学生徒会長とフェアリーキャッツの長が手を組んで俺を殺しに来るとはのぅ……」


 帽子を払い、頭を掻きながらくぐもった声で豪龍は笑う。

 湧きあがる怒りを抑えつけながら美紗子は努めて冷静を装った。


「街の混乱に付け込んで暴虐の限りを尽くした罪、軽くはありません。あなたを拘束します」


 豪龍がソファから立ち上がる。

 美紗子はいつでも反応できるよう拳を構えた。

 花子もジョイストーンの隠してあるポケットに手を入れる。


「あと少しだったんだが……最後の最後で面倒な奴らがやって来たものよ」


 舌打ちをしてカーペットの上につばを吐く豪龍。

 靴の裏でその部分を踏み躙り、学ランの内ポケットからジョイストーンを取り出した。


 どうやら下の階での戦いの様子は伝わっていないようだ。

 さっきと同様に花子が≪大英雄の短銃センチメンタルヒーロー≫で先手を取る。

 そして豪龍の反撃を≪黄聖空間サークレッドエリア≫で防ぎつつ、SHIP能力で叩くという必勝戦法が期待できる。


 実のところ、豪龍の強さは未知数だ。

 だがJOYさえ防げばSHIP能力者に敵うわけがない。


 ついに暴君による暗黒の支配が終わるのだ。

 戦いを前に思わず気が緩みそうになった……その時。


「あれ?」


 美紗子は違和感に気づいて振り返る。

 そこにはいるはずの人物が――

 ルシールの姿がなかった。


「せっかくの特別ゲストなんじゃあ、たまには本気でやってみるかのぅ!」

「みさっち、来るよっ!」


 花子の呼びかけに、ハッとして豪龍の方を向き直る。

 時代錯誤のボロボロの学ランの袖が揺らぐ。

 青みを帯び炎のように燃え上がる。


 青い炎が豪龍の右腕を這いずるように形を変える。

 それは次第に一定の姿を形成する。

 青き龍の炎に。


「≪飛翔・豪龍拳フライングドラゴンパンチ≫ぃぃぃあぁぁんんんんああああっ!!」


 高龍が拳を突き出すと、青い龍の炎が腕から飛び出し、美紗子たちに襲い掛かった。

 花子は攻撃を撃たれると同時に素早く横に飛んで回避する。

 しかし、美紗子はわずかに動きが遅れた。


「みさっち!?」

「大丈夫です!」


 地面に伏せて直撃を避けた。

 頭上を通り過ぎる龍の熱が背中を炙っていく。

 龍は美紗子たちが入ってきたドアに直撃し、爆音を轟かせて周囲の壁もろとも破砕する。


「なんて威力……!」


 美紗子は背中に熱の余韻を感じながら、あれの直撃を受けたらただでは済まないと悟った。

 突然いなくなったルシールがどこへ行ったのか……考えるのは後回しだ。


 口先だけなんてとんでもない。

 考え事なんてしながら戦えるような相手じゃない。

 美紗子は拳を握りしめ、壁際にある巨大な壺を視界に入れた。


 今は戦うしかない。

 どちらにせよ、これが最後の戦いになるのだから。

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