第6話 再び街へ
夕食後。
食事の後片付けをしている最中でも、美少女たちは口論を続けていた。
そんな彼女たちを顧みず、俺は骨組みだけの寝台に敷物を敷くと、早々に毛布を被って横になる。
俺が寝入ったと勘違いした六人は、これ以上は不毛な争いだと悟ったのか、皆して毛布に包まり、団子になって仲良く就寝した。
……こいつらも寝るのね……
彼女たちの寝顔を確認した俺は、ようやく本当の意味で気を休めることが出来た。
次の日の朝。
各自それぞれの行動に移る。
セラーラとエルテは廃屋で待機。
ピアとアプリコットは情報収集。
そして俺は、パーシヴァリーとチェームシェイスを引連れて、先ずは魔術屋なる店へと向かった。
廃屋に施した〈
加えて出立する前にスキルを重ね掛けしたことからも、あと十二時間程度、効力は失なわれない。
ちなみに俺たち三人は、〈
これは昨日、広場で買ったもので、念のために深々とフードを被っている。
「やはり昨日よりも憲兵が多いいな……いや、武装の度合からして兵士か?」
裏通りでもそうだったが、表通りに出ると輪をかけて兵士どもを見かけた。
「ん? マスター、あれは何だろうか」
そこでパーシヴァリーが、路上に落ちていた複数の紙切れに気づく。
どうやらそれはビラのようであり、そのうちの一枚をチェームシェイスが拾い上げて目を通した。
「……我が君よ、これを見てくれぬか……」
眉根を寄せた彼女は俺にビラを渡してくる。
そこには俺とセラーラの似顔絵が詳細に描かれており、それぞれに数字らしき文字が記載されていた。
うん、文字は読めないけど間違いなく手配書だね。
「我が君よ。兵士たちが意識を向けているのは二人一組の男女。それに法衣を纏ったセラーラの印象が強いはず。どう転んでも〈
チェームシェイスの言葉通り、現に何人もの兵士と擦れ違ったが、誰一人としてこちらに見向きもしない。
「スキルが上手く機能しているようだな」
俺は一安心すると、表通りを目的地に向かい歩を進めた。
とその途中、ある場面に遭遇する。
一人の老婆が大きな風呂敷を地面に置いて、建物の陰に蹲っていた。
それをパーシヴァリーが心配そうな顔で見ている。
「どうしたパーシヴァリー。気になるのか?」
「……いや、問題ない……」
俺に配慮してるのね。パーシヴァリーは優しいなあ。
「事情だけでも聞いてみるか」
その言葉に彼女は大きな瞳を丸くさせて俺を見上げた。
「いいのか……?」
「いいも何も、ほっとけないんだろう?」
「マスター……」
パーシヴァリーは笑顔の花を咲かせ、そんな彼女にチェームシェイスは頬を緩める。
釣られて俺も相好を崩し、兵士が周りにいないことを確認した。
今なら誰かに話しかけても問題ない。
人と関りをもったら〈
さっそく俺は、二人と共に老婆へと近づいた。
「どうした? どこか痛むのか?」
不意に現れた俺たちを見て老婆は少し驚いていたが、女性が二人いたことで気を許したようだ。
「……え? ああ、あたしがここで休んでる理由かい? いやなにね、持病の腰痛が出ちまってねえ。ちょっと休んでいたところだよ」
いやいや、見た感じけっこうなお年寄りなのに、こんなに大きな荷物を担げば腰も痛くなるよ……
「しかしお前さんたちは優しいねえ……今日は兵士が多いいのに、誰もあたしのことを気にもしちゃあくれない。あんたたちだけだよ、心配して声を掛けてくれたのは」
老婆は皺くちゃの顔をさらに皺くちゃにさせ礼を述べてきた。
「腰が痛いのか……パーシヴァリー、治せるか?」
補足すれば、
「問題ない」
パーシヴァリーはそう言うと、老婆の傍に寄ってスキルを行使した。
「……おや? なんだか腰の調子がよくなってきたよ」
スキルが効いたのか、老婆の背筋がだんだんと真っすぐになる。
「見ておくれ! 曲がった腰がこんなにもシャキッとなったよ! もしかして何かしてくれたのかい!?」
「まあ、気休め程度だと思って貰えればいいよ」
「ありがたや、ありがたや……」
老女は両手を擦り合わせて礼を述べてくる。
……拝むなよ……
「それでその大きな荷物。そんな物を運んでいたらまた腰をやるぞ。いらん世話でなければ俺たちが運んでやるよ」
「えっ? なんだって?」」
この婆さん、耳も遠いいのか。
「チェーム、頼む」
「任されよ」
今度はチェームシェイスが治癒スキルを施した。
「どうだ? はっきり聞こえるか?」
「えっ!? 済まないけどもうちっと大きな声で喋ってくれないかい!」
スキルが効いていない?
もしや耳が悪いのは年老いているからか?
ふーむ。老化などの自然現象に対しては、治癒スキルが効かないようだ。
……仕方ないか……
「そんな大荷物を持って歩くとまた腰を痛めるぞっ! 家まで送ってやろうかっ!?」
「ホントかい? それはありがたいねえ……でもいいのかい?」
通じた……
「遠慮するな。場所は何処だ?」
「はい? 聞こえないよ」
「家の場所だよっ!」
……面倒くさい……
「家? ああ、あたしん家かい? ギルドの前だよ」
ん? ギルドの前?
「冒険者ギルドの前なのか?」
「何だって? もう一回行ってくれないかね?」
本当に面倒くさいな、もう。
「家はギルドの前かって聞いてるんだよっ!」
「ん? そうそう、そうだよ。あたしん家はギルドの前だよ」
ちょうどいい。先に冒険者ギルドへ寄ってから魔術屋に行くか。
そう思った矢先、パーシヴァリーが口を開いた。
「マスター。私が老女殿を送っていくから、先にチェームと魔術屋へ行っててくれないか」
「……」
……どうしようか……セラーラの例もあるからな。
いくらスキルが掛かっているとはいえ、一人にさせるのは色んな意味で不安だぞ……
俺が葛藤していると、チェームシェイスがパーシヴァリーの意見に賛同した。
「我が君よ。ここはパーシヴァリーに任せて、さっさと魔術屋に行き用件を済ませた方がいい」
言いたいことは分かる。
婆さんを連れて行けばそれだけ歩みが遅くなり、人の目に晒される機会が増えるからだ。
いくらスキルで認識を逸らしていても、ひょんなことから兵士に気づかれてしまう可能性がある。
それにゲーム内での認識阻害系スキルは、走ったりスキルを使うなどのアクティブな行動をとれば、たちどころに解除してしまう。
恐らくこの世界でも同じようになると俺は睨んでおり、彼女たちもそう思っているだろう。
「そうだな……パーシヴァリー、頼んだ」
「承知した、マスター」
笑顔で答えたパーシヴァリーは、軽々と荷物を担ぐ。
「……ほええ……こんなに小っちゃいのに、すごい力持ちだねえ……」
老婆はパーシヴァリーの怪力に目を剥いて感心した。
「ではパーシヴァリー。婆さんを送った後はギルドで待っていてくれ。俺たちもすぐに向かう」
「了解した、マスター。それでは行こうか、老女殿」
頷いたパーシヴァリーは老婆と共に歩き出す。
彼女たちと別れた直後、チェームシェイスが〈
しばらくして、俺とチェームシェイスは何事もなく魔術屋へと到着する。
その店が構えている場所は大通りに面した好条件の立地であり、如何にも魔術を取り扱っています、というような杖と水晶が描かれた看板が大々的に掲げられていた。
俺は迷うことなく扉を開ける。
――カランカラン――
なんと!? ドアベルがあるのかよ!
これで〈
慌てた俺は素早く店内を見渡した。
ところが店の中には客が見当たらず、居るのはカウンターに座る美女、ただ一人だけである。
まだ朝が早いからか? それとも開店したばかりだからか?
何にしても客がいないのは幸いだ。
安心した俺は念のためにより一層とフードを深々と下げ、対してチェームシェイスはフードを外してその美貌を露わにした。
さすがはチェーム。
俺に注意がいかないようにしてくれたか。
「あら、いらっしゃい……って、とんでもない可愛い子ちゃんが来たわね……」
俺たちに気づいた美女店員が、煙管を吹かせながら艶めかしい雰囲気で言葉を掛けてくる。
「済まぬが色々と見させてもらってもよいか?」
腰まで長いラベンダー色のツインテールがふわりと動き、チェームシェイスの美貌が同性にも関わらず美女店員を魅了していた。
「……も、もちろんよ……あなたみたいな可愛い娘、大歓迎よ。気が済むまで見てってちょうだい」
……何という破壊力……
我ながらとんでもない美少女を作り上げてしまった……
「では遠慮なく品定めをさせてもらおう」
チェームシェイスは言葉通り、所狭しと棚に並べられた瓶やら水晶やらを手に取って、物色を始めた。
俺も彼女に倣って数多の商品に視線を流す。
宝石や杖、巻物なんかもあるな。どうやって使うんだろう。
ふとチェームシェイスに目を向けた。
いつの間にか彼女の隣には美女店員が付き添っており、嬉々としてチェームシェイスに道具の説明をしているではないか。
「……」
あの分だと俺がする事は何もなさそうだ。
そう思っていたところで、何やら表から喧騒が聞こえてきた。
ちょうどいい、暇を持て余していたところだ。
「チェーム、少し外が騒がしい。様子を見てくる」
「ならば我も行こう」
「いや、あまり長居はしたくないから、お前はこのまま物色していてくれ。金は渡しておくから、目ぼしいものがあったら構わず購入しろ」
「そうか、分かった……我が君よ、直ぐに戻ってきてくれ……」
……やめてくれ……潤んだ瞳で俺を見るな……
辛うじて彼女の魅了を振り切ると、銀貨が詰まった袋を渡して早々に店の外へと出る。
「はあっ!? なんだよあれ!」
表に出たら出たで、俺の目にとんでもない物体が飛び込んで来た。
大通りのど真ん中を我が物顔で通るそれは、幾つもの車輪が底面に取り付けられた、巨大で豪華な椅子であった。
その椅子に座るのは金髪の美男子で、鞭を手に持ち憤怒の形相をしている。
周りには複数の騎士と兵士が付き従い、余すことなく周囲を警戒していた。
しかし本当に驚いたのは、特異な椅子でも金髪の男でもなかった。
巨大な椅子の前面部分からは何本もの縄が伸びており、先には苦悶の表情を浮かべた人間が力の限り引っ張っていたのだ。
その者たちは、襤褸切れ一枚を身に纏う七歳から十二歳くらいまでの子供たちであった。
……何なのよ……どこかの聖帝様でも子供に椅子は引かせてないよ……
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