第5話 裏切りと悲劇
「みんなどうしてるんだろう」
あの戦闘訓練から二週間が経った。
優は感覚のない左腕を見ながらわらのベッドから立ち上がる。
バランスを保つのが難しい。優は自分の存在価値を見失っていた。
戦士としても役立たず、日常のこともままならない状態。
小屋から見える外の景色。今日は曇り。雨は降らなさそうだが、心配である。
脳裏に浮かぶのがあの狂化の壺。
このままでは本当に自分があの壺に入ってしまう。
そうならないためにも、優はなんとかみんなの力になりたい。
そればかり考えていた。
(お見舞に来てくれていた楓も晴木来なくなったし……そんなに戦闘訓練は激化しているのかな)
すると、扉がノックされ優は返事をして応答する。
入って来たのはこの村の者だった。
ボリュームのある金髪にパッチリとした瞳。
背は小さいが、豊満な体つき。彼女は今日も優にお手製の食事を持ってきてくれたのだ。
これが、優の唯一の楽しみでもあった。
彼女の名は【アイリス】と言って、初日に知り合った。
心優しく、気配りの出来るその性格は楓に似るものがあった。
「お待たせしました! すみません、遅れてしまって」
「いや、全然いいよ! 本当にありがとう」
正直、固いパンとスープと言った質素な食事。
だけど、今の優の冷たい心身には染みるものだった。
パンをかじり、温かいスープを飲む。
美味しく頂きながらアイリスは優の方を見ている。
しかし、その表情はとても悲しそうなものだった。
「あ、あの」
「ん? 何?」
アイリスは意を決して優にあることを聞きたかった。
優は食事を中断し、アイリスと向き合う。
彼女も忙しい。掃除に全員分の食事の準備。
だから毎回食事を運んで貰って軽く談笑する程度で終わっていた。
しかし、今日のアイリスは少しいつもと雰囲気が違う。
着ているエプロンを握りながらアイリスは真っ直ぐな瞳で優に問いかける。
「ある日、突然……自分以外の、信じていた人達が敵になったらどうします?」
「え、それって」
いきなり何を聞き出すと思ったら。
拍子抜けしてしまう優。このアイリスの問いかけの意味が分からなかった。
優は食べかけのパンを木の皿に置く。
そして、不思議な事を聞いてくるアイリスにこう返す。
「楓や晴木が裏切るってことだよね? はは……それはないよ!」
「……そうですか」
「他のクラスメイトも僕に対して優しい人は多いし、少し苦手な人もいるけどそれも含めて僕にとって大切な友達だよ」
「……そ、そうですか」
段々と優の力強い返答にアイリスの声が小さくなるのが分かる。
それに、何故だか知らないが体が震えている。
異変に気が付き、優はアイリスに近付こうとする。
だが、優は今までの流れ。そして、アイリスの今の質問。
察しの良い、優は導かれるようにある最悪の結末に辿り着く。
(まさかアイリスの言っていることって……本当に?)
動きが止まり、もう疑いだしたら止まらない。
そして、アイリスは疑念が確信に変わりそうな優にこう忠告する。
「逃げて下さい、最悪の結末になる前に」
「まさか、そんなこと」
「す、すみません、も、もうこれ以上は……」
「おーい、優いるか? 出て来ーい!」
これはクラスメイトの声だ。
しかも一人ではなく複数人いると優は予測する。
それにいつもと違い、からかうような呼び声だった。
この扉から出たら、間違いなく危険だと感じる優。
(本当に、アイリスの言っていることは……くそ!)
小屋の窓からなら見つからずに逃げ出すことが出来る。
優は物音を立てずに逃走を試みようとした時だった。
「ここにいます! 皆さんはやく!」
「ちょ! あ、アイリス?」
その瞬間に小屋の扉が蹴られ、無理やり侵入される。
絶望的な瞬間だった。アイリスは優に即座に近付き、体をガッシリと掴んで拘束する。
数人の同じクラスの男子生徒が、既に武器を装備しており、戦闘態勢はバッチリだった。
これが何を意味するのか。優は考えることなくすぐに理解する。
「ど、どうして……アイリス! 君は僕に……」
「ごめんなさい、実はあなたがいなかったら生贄は私がなる予定だったんです、これは村の取り決めでした」
「可哀想だよなぁ、こんな可愛い娘が生贄になるより、役に立たない糞みたいなお前の方がやっぱり適任ってわけだ」
「本当に、本当にごめんなさい」
左腕がないのと今まで体を動かしてこなかったからか。
アイリスの拘束さえも抜け出すことが出来なかった。
いや、それ以上に衝撃的なこの展開に優は混乱していた。
「さてと、こいつどうする?」
「黙らせようぜ、あの爺さんからもそう言われているしな」
「うぐ!」
すると一人のクラスメイトが優の腹部を目掛けて殴る。
鈍い痛みが襲い、優は思わず食べたばかりのパンを吐きそうになる。
そして首元を掴まれて地面に叩きつけられる。
顔を足で踏みつけられ、口の中に砂が入ってもお構いなし。
痛みと苦しさが同時に感じ、優は睨みつける。
「何、睨みつけてんだよ!」
「うぜーんだよ!」
もはや遠慮などなく、クラスメイトでも容赦はない。
血を吐きながら優はなんとか抵抗しようとする。
だが、ここには武器はないし、元々の基礎能力が低い優にはどうしようもない。
何も出来ず、ただ蹴られ殴られるだけ。
全身が傷だらけになり、痣だらけとなるも優は諦めることはしない。
(大丈夫、僕には楓と晴木がいる!)
「これぐらいにしとくか、おい! こっちだ!」
優はこんな時でも希望を持っている。
力ずくで立たされ、強引に外へと連れ出されていく。
そこで待っていたのがクラスメイトだけではない。
村長やその村の人々。全員があの【狂化の壺】を用意して待っていた。
(これはまさか……全て計画されていたのか)
独特の異臭よりもこの全員が敵という状況。
優は放り投げられ、壺の前へと移動する。
ただ、そんなことどうでもよかった。
今の優にとって楓と晴木が助けだけが頼り。
「うわぁ……可哀想、お疲れ様」
「葉月……」
「残念だけどこれも運命だと思って諦めなさい」
「ふざけるな、君がそう言っても僕にはまだ楓と晴木がいる! 絶対に……僕は生贄になんか」
「鈍いわね、まだ気付いてないの? そもそもここに楓も晴木がいないことが可笑しいと思わない?」
葉月の言葉と同時に。遠くから二人の男女がこちらに向かって来ることに感づく。
優はヨロヨロと立ち上がり、待ち望んでいた二人の登場に歓喜する。
体が軽くなり、ボロボロの状態でも優は微笑む。
【この三人はいつまでも一緒!】これはどの世界でも真実。
ゆっくりと手を繋ぎあっている二人が見えると安堵する優。
しかし、優には気がかりなことがあった。
(……? 楓と晴木の距離が近い? あれ? なんで?)
そして、あちらも優の存在に気が付き、楓が口を開く。
「久しぶり、優」
「か、かえでぇ」
自分でも情けないと思う声で楓に助けを求める。
しかし、楓に笑顔はない。むしろ、嫌がっているように思える。
楓は優に近付く。優の考えではきっと回復魔術を使ってくれる。
それで、この悪夢から解放される。
「ごめん、優」
「ぐぁ、これは……かなしばり?」
「魔術【パラライズ】相手の体を硬直させるものだ……んで、これが俺の」
さらなる追撃。胸部に剣を突き刺され、優は瞳を見開く。
その瞬間に硬直は解かれ、思わず気絶しそうなぐらいの痛みが襲う。
乱暴に剣を引き抜かれ、優は大量の血を地面に流し、血の水たまりが出来るぐらいに。
優は気力を振り絞り、二人の方を向く。
「あがぁ! ど、どうして……二人は、僕にとって」
「悪いな、この二週間で状況も考え方も変わった! やっぱり今のままじゃ俺達は遅かれ早かれ死んでしまう」
「食糧も環境も大都市の方がいいしね、それに今の武器じゃ対抗出来ないガリウドも出てくるし」
「そ、そんなぁ……」
「それとお前にはもう一つ伝えておきたいことがあってな」
今までのことが吹き飛ぶような衝撃。
いや、ここに来るまでお互い手を繋ぎあっていた。
それが伏線だったのかも知れない。
なんと優の目の前で二人は抱き付きながら唇を重ねる。
二人にとって至福の時間。
対照的に優にとっては地獄の時間。
この目で見ていることが嘘であってくれと願うばかりであった。
ただ、二人が密着している時間は長い。
優に見せつけるかのように。
重ね合った唇は離され、楓と晴木は心配そうに見つめる。
「大丈夫だよね、死んじゃったら生贄に出来ないよね」
「意識はあるから大丈夫、それに暴れられるとめんどいしな」
「それもそうだね」
(楓と晴木が……なんで!?)
裏切られた悲しみ。そして、目の前で好きだった子を親友に取られた悔しさ。それもこんな形で。
晴木が応援すると言ったことは嘘なのか。
体も心もズタズタにされて、優は放心状態となる。
そして、奥からルキロスと担任の矢代もやってくる。
「ほほう、それで本当にいいんですね? 八代殿」
「ええ、構いません」
「それにしても、およそ二週間でここまでの変わりよう……中々に残酷ですな」
「たった一人の犠牲で多くの人が助かる、これなら仕方ありません」
まさに四面楚歌。親友からも幼馴染からも担任からも。
そして、仲のいいクラスメイトや信じていた村の子。
全てが敵の状態に優は涙を流し続けた。
(あがぁ、こんなこと本当に……)
ふざけてる。そう思っても物事は進んでいく。
体が持ち上げられ、遂にあの狂化の壺の蓋が開けられる。
底が見えない。一体、この壺の中身はどうなっているのだろう。
楓と晴木に持ち上げられ、終わりの瞬間は近い。
(嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ)
顔を引きつりながら、なんとか逃走を試みる。
もう、体の一部分も動かすのもままならない状況。
優は走馬灯のように。今までの思い出が蘇ってくる。
「それじゃあね、優」
「じゃあな、悪く思うなよ」
別れを惜しむことなく、二人は優を壺の中に入れる。
そして、すぐに蓋をして、これで生贄を捧げたこととなった。
歓声が上がり、これで全てが丸く収まったこととなる。
「やったな、楓」
「うん! これで私達は助かるんだね!」
二人はハイタッチして喜びを表した。
周りのクラスメイト達もこれで武器や大都市へ移動出来る。
その事実に喜びを隠せないでいた。
「ふむ、よくやってくれた、これでこの村にも金銭と食糧を差し上げましょう」
「ありがとうございます」
「なに、あの者は弱い、左腕も失い、戦闘でも使えない、こうなって当然だ」
「……はい」
ルキロスは村長の問いかけに迷わずそう答える。
もう周りは優のことなど誰も気にも留めていない。
手に入る強力な武器。それに心を躍らしているだけだった。
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