第25話 継母の思い


 その日の夜、出張先の奥さまから電話があった。

「遠野さん、あなた一体何をしているのっ!」

 口調が激しく怒っているのがすぐにわかる。

「奥さま、私が、何か?・・」

「何かじゃないわよっ!」

 話を聞くためには落ち着いてもらわないと。

「あの、すみません。何があったのか、お聞かせください」

「東京の出先のホテルに業者から直接電話があったのよ!」

 そういうことか・・

「今度の懇親会のことよ」

 確か人数は奥さまからわかり次第私に連絡を入れると言われていたはずだ。

「それもただの人数の確認の電話よっ。まったくこの忙しいのに」

 業者の考えていることはわかっている。家政婦の私と話すより、この家の奥さまと直接話す方が料金設定も早く決めることができるし、業者自身の評価を上げることができる。

 業者にとってはプラスだが、奥さまにとっては迷惑この上ない話だ。そして私にとっても。

「申し訳ございません。奥さまからのご連絡をお待ちしていたものですから」

「私から連絡がなかったのなら、あなたからこっちにくれるべきでしょ!」

 そう言われたら返す言葉もない。

 これも私の失態だ。再度「申し訳ございません」と繰り返し「私の方から連絡すべきでした」と謝る。

 奥さまから業者に言った人数を聞き、他の事務連絡を済ませる。

 最後に「ちゃんと仕事はしてよ」と厭味のようなセリフを残される。

 そして、今度は私の方から奥さまに言うべきことがある。

「お嬢さまが熱をだされていました」

「・・」

 少し無言が続く。

「いつからなの?」

「一昨日からです」

「医者には診せたの?」

「はい、掛かりつけのお医者さま・・黒田先生に」

「黒田?・・ああ、あの医者、「やぶ医者」っていう噂があるわよ」

 えっ?

「他の医者にも診てもらった方がよかったんじゃないの?」

 恭子さまの熱のことより医者の方に話がそれた。

 黒田先生は神戸に来てからずっと診てもらっている先生だ。神戸に越してきた時、私が色々調べて決めた医者だ。ご近所の評判も聞いた。今まで何の問題もない。

 それに神戸にほとんど不在の奥さまがどうしてそんなことがわかっていうの?

「でも、もう熱は下がりました」

「そう、それならいいわ」

 私が恭子さまの熱のことを奥さまに伝えたことは正しかったのだろうか?

 そのことを奥さまが知っても知らなくても何も変わらない気がする。

「遠野さん」

 改めてそう言う奥さまの声が少し大きい。

「はい、何でしょう?奥さま」

「事後報告はいけないわよ」

 え?・・

「こういうことはちゃんとすぐに連絡はするものよ。恭子さんが熱を出したなら出したで、これからはすぐに私に連絡をちょうだい」

「奥さま、申し訳ございません」

「それと、恭子さんをどの医者に診てもらうかは、今後私が決めます」

「けれど、黒田先生はお嬢さまの体のことをよくご存じですし、お医者さんを替えれば、お嬢さまも不安がるのではないでしょうか?」

 奥さまは黙って聞いている。

「私はただ、お嬢さまのことを考えて・・」

 この発言は少しまずかったかもしれない。

「私が恭子さんのことを考えていないって言いたいの?」

 やはりまずかった。

「そういうわけでは・・」

 本当は奥さまにこう言いたかった。

 普段、家にいない奥さまに一体何がわかるの? お嬢さまの傍にいないあなたにわかるわけがない。

「そうそう、遠野さん、この前、恭子さんがピアノが上手になったって言っていたわね?」

「はい、たしかに・・お上手になられました」

 そう私は答えた。


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