第42話 会いたい
◆
「そうそう、陽一、優美子叔母さん、結婚を考えているらしいわよ」
そんな大事件を母は洗いものをしながら淡々と言った。
僕は縁側の籐椅子に座って知恵の輪をしていているところだった。頭を後からがつんと殴られた気がした。
「お姉ちゃん、結婚するの?」僕は驚いて「お姉ちゃん」と言ってしまった。
「だから、お姉ちゃんやないって言ってるやないの」と母は言って「叔母さん、陽一もその人に会ったことあるって言ってたわよ」と続けた。
あの人だ。
叔母さんとプールに行った時、送り迎えをしてくれた人。この間、喫茶店で会った人。
退屈だったけれど、僕みたいな子供とは違う大人の男の人だ。
「たぶん、知ってる」僕が答えると「お母さんも一度、会ったことあるけど、優美子、大丈夫かな?」母は雑巾を絞り居間のテーブルを拭きはじめた。
「何で?」
僕の問いに母は手を止めて「あの人、ええ人なんやけど、なんか、優美子には合わんような気がする」と言った。
合うとか、合わんとか、僕はそんなことよりも叔母さんが結婚するかもしれない、ということの方がショックだった。
「優美子叔母さん、結婚したら、もうあんまり家に来られへんようになるなあ。陽一も寂しいやろ?」
寂しいどころの話ではない。
僕は知恵の輪を解くことをやめて勉強を始めた。落ち着きたかった。ひと段落すると庭に出てホースを握り空に向かって放水した。西の空に綺麗に虹ができた。
叔母さんに会いたかった。
◆
「やっぱり前の母ちゃんがええねん」
僕が日曜日、自転車に乗って町を抜け吉水川まで来た時だ。苗字の変わった山中くんに出合った。何となく自転車で遠出をしたくて、ここまで来て橋の上に山中くんを見つけた時は驚いた。
僕が「何でも買ってくれる言うて喜んでたやないか?」と言うと「でもなあ、日が経つにつれて、色々わかってくるんや。どんどん前の母ちゃんが恋しくなってなあ」と言った。
意外すぎた・・前に家に遊びに行った時には全然そんな素振りは見せなかったのに、それに、そんなことを僕に言うなんて。
「吉水川」・・一級河川の橋の上から南を眺めると河口に向かって川が広がっていくのがわかる。家の近所の「天井川」とは全く違う水の量だ。轟々と音を立て海に向かって流れている。
山中くんは何を見ているのだろう、僕にはわからないけれど、僕には僕のできることがある。それを探しにここまで来ていたことを思い出した。
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