第40話 クラスの事情
◆
「はい」と言う小川さんの声が僕の席の後ろで聞こえた。
「風紀委員に立候補する人、手をあげて」と先生が言うと、小川さんが手をあげたのだ。 教室が一瞬、どよめいたけれど、いつも率先して何かをいう文哉くんが何も言わなかったので、ざわつきは少なくて済んだ。
それでもあちこちで「あの小川さんがねえ」「大丈夫なのかしら?」とか言う人もいた。
「もう一人は男子よ」先生が言った。委員はそれぞれ男子一名、女子一名が決まりだ。
すぐに田中くん、いや山中くんが手をあげた。
誰も手を上げなかったら、僕が手をあげていたのかもしれない。
でもそれはたぶん同情というか、小川さんを守りたいと思う気持ちからくるものなので、あとで香山さんに怒られるだろうなと思った。
「村上くんには委員なんて無理よ」とおそらくあの顔で言われるに決まってる。
前に座っている香山さんが僕の方をチラッと見て笑った。
どういう意味の笑顔なんだろうか?
それよりも問題は香山さんだ。副委員長になった。
香山さんは委員長に立候補したのだけれど、その後に長田さんが手をあげて、多数決で委員長を決めることになり、長田さんに賛成の人が多くて、長田さんが委員長、香山さんが副委員長になってしまった。副委員長は男女各一名なので、元委員長の上田くんが先生の推薦で務めることになった。
香山さんは小川さんを守りたくて委員長に名乗り出たのだろうけど、長田さんに妨害された形になってしまった。
文哉くんが「俺、香山の方がよかったのに」とか言う声が聞こえたり、「俺も」と修二の呟く声も聞こえた。
香山さんは男子には人気があったけれど、長田さんは女子の票を多く集めたらしかった。
委員が全て決まると教壇に委員が立って順番に挨拶した。
休み時間、廊下で香山さんと小川さんが立ち話をしていた。香山さんが僕を見つけると「さっき悠子が手をあげたとき、村上くんもあげようとしたでしょ」と問いかけてきた。 図星だった。
「でも村上くんには委員なんて似合わないから」
予想通りの答すぎて言い返す気にもなれない。
「ちょっと、仁美ちゃん」小川さんが、「言いすぎよ」という感じで香山さんの服の袖を引っ張る。心の中で小川さんに感謝する。
僕たちを見つけた松下くんが寄ってきて「ごめん、香山さん、僕、長田さんに票を入れてもうた」と言った。
香山さんは「別にいいわよ」と答え「松下くんはお父さんのお店があるからでしょ」と続けて言った。
以前、香山さんは薬局や電気屋が長田さんのお父さんの会社とつき合うようになったと言っていたな。
でも、子供の学校の委員とかは大人のつき合いと関係ないんじゃないか?
大人には大人のすることがあって、子供の世界とは無関係だと思う。
長田さんが委員長になっても会社がどうこうなるわけでもないし。
関係あるとしたら、大人たちの争いが子供たちに伝染しているということだけだ。
いろいろ考えているうちに松下くんが去り、香山さんが「そうそう」と言ってポケットから紙切れを出してきた。
「私、来月、私の家で誕生会するの。村上くん、来てくれるわよね?」
ああ、似たようなセリフを夏休み前に聞いた。あれは長田さんの誕生会だった。すごくイヤな思い出がある。
「村上くん、私と約束したものね」念を押すように香山さんは言って手作りの招待券を僕に手渡した。こんなものわざわざ作らなくてもいいのに。
香山さんのつんつん顔が苦手だったけど、今では慣れたのか、そうでもなくなった。
「仁美ちゃん、前に村上くんを誘ってたんやね」
小川さんが僕たちを見ながら微笑んだ。
香山さんは僕が返事をする隙も与えず「じゃ、村上くんはOKということね」と言った。
絶対、行きます・・断ったら香山さんに何を言われるかわからない。
「小川さんも?」僕は小川さんの方を見て訊ねた。
以前、香山さんが小川さんだけは絶対誘うと言っていたのを思い出した。
小川さんは「うん」と小さく頷いた後「私、仁美ちゃんの誕生会、絶対いくねん」と力強く言った。そして「村上くん、ビー玉、二つもありがとう」小川さんはそう言うとご丁寧に頭をぺこりと下げた。
「村上くん・・それと、誕生会はプレゼントとか、無しでするの・・持ってくるの禁止だからね」
よかった。すごく助かった。悩まなくて済む。
「村上くんからプレゼントもらったりしたら、アニメのカードくれるかもしれないからね」 香山さんはそう言って笑うと、
「私もビー玉、ありがとう。私、まだお礼を言ってなかったわね」と続けて言った。
小川さんのように頭は下げないけれど、珍しくいつものつんつん顔が少し赤くなっている。
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