第10話 叔母さんの家


 駅に着いて改札口を出ると人ごみの向こうに叔母さんが手を振っているのが見えた。いつも叔母さんは僕をすぐに見つける。僕も叔母さんを見つけるのが誰よりも早い。

「電車の中、クーラーないし、暑かったでしょ?」

「そうでもなかった」暑いよりも何より叔母さんに会えたのが嬉しかった。

「陽ちゃん、もう陽に焼けてるやん、ええ色してるわ」

 叔母さんが僕の日焼けの顔を眺めながら楽しそうに微笑んでいる。

「明日、約束どおり映画館に連れていってあげるわ。楽しみやね」

 駅からバスに二〇分程揺られて叔母さんの家に着いた。駅周辺と違って簡素な住宅街の白いハイツの二階に叔母さんの家はある。

 一人暮らしをしているせいなのか家具も冷蔵庫も全てがこじんまりとしている。

「ゆっくりしていってかまへんよ。暇やったらその辺にある本でも読んでていいから」

 叔母さんはベランダの洗濯物を取り入れながら言った。

 部屋には本棚の他に小さなステレオが置いてあり、その横にレコードが数枚並べてある。 窓際のテーブルには二匹の金魚が泳いでいる金魚鉢が置いてあり、壁にはテレビで見たことのある男性歌手のポスターが二枚もでかでかとピンで留められ貼ってある。

 叔母さんはこういう男の人が好きなのか?

 派手な格好をした歌手がこっちを見て微笑んでいる。

 僕は本棚からトルストイの「アンナ・カレーニナ」を取り出し読みはじめたが漢字が多くてなかなか頭に入らない。

 本の書き出しには「金持ちの家はどこでも似通っていて同じようなものだが貧乏の家はどこもみんな夫々おもむきが違う」と書かれてある。

 本当だろうか?・・

 金持ちにもいろんな人がいてみんなそれぞれ違うと思う。だが世界の大文豪は僕の投げかけた疑問に答えることはできない。

 叔母さんの部屋の窓から見る空は自分の家の窓から見える空とは全然違っている気がして、学校のみんなのことが遠い世界の住人のように思えた。


 次の日、バスに乗って駅前の停留所で降りると叔母さんが「こっちこっち」と僕の手をひきながら繁華街の人ごみの中をどんどん進んでいく。

 周りにひろがるのは僕の家の周辺とは全然違う町の光景だった。

 大きなスーパーがあり、二階建ての洋食のレストランや中華料理店が並び、大きなおもちゃ屋さんまであった。ここなら何でも手に入りそうだ。

 目的の映画館には「ホルスの大冒険」の大きなポスターが飾られてある。

 チケット売り場はもう列をなしていてそのほとんどが母子だった。僕と叔母さんは周囲からどんな関係に見えるのだろう。

「ホルスの大冒険」は村人たちを懲らしめる氷の世界に住んでいる悪魔と主人公の少年ホルスが戦う物語のアニメ映画だ。

 悪魔にはヒルダという名の妹がいて最初は悪魔である兄の命令に従って悪事を働いていたけど、ホルスと出会い次第に心を通わせるようになり、心を入れ替え、だんだんいい子になっていく話だ。

 悪魔の配下たちが心変わりしたヒルダを痛めつけている場面ではハラハラしどうしだった。映画の後半はヒルダに死んで欲しくないという気持ちで一杯だった。

 最後にはヒルダは助かりホルスと仲良くなるところで終わった。

 映画館を出ると叔母さんは歩きながら「あの悪魔の妹のヒルダっていう子、可愛かったなあ」と言い、僕がうんうんと頷くと「でもあの少年は人間やし、ヒルダは悪魔の妹やから将来、結ばれることは絶対ないなんやね」と言って叔母さんは少し寂しそうにしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る