人斬り雀

皇花咲丸

序章

ドシャリ、と濡れた大地にが転がる音がする。


そのを斬り捨てた人影はユラリと体勢を戻して次の獲物を見定める。


そして、人影が揺れたと思えば獲物の首が跳ぶ。


人影が舞えば首も舞う。


そうして人影が動きを止めた頃には大地は紅に染まっていた。


人影─―黒く艶やかな髪を後ろで一纏めにした、ともすれば可愛らしい少女の様にも見える青年は手に持った刀を振って血を払い、腰の鞘に収める。


青年は師より賜った名をすずめと云った。


雀は傭兵の真似事をしていた。雀には斬ることしかできなかった。金を積まれれば誰であろうと斬ってきた。


雀が振るう剣は龍断一心流りゅうだんいっしんりゅう、龍を斬る為の剣だと師は云っていた。しかし、雀は龍など見たこともなかった。だが人を斬ることはできた。


そうしている内に、雀は『人斬り雀』と呼ばれるように成っていた。


一仕事終えた雀は帰路につく。


家では妻と今年で6歳になる息子が雀を待っている。妻とは十の頃からの付き合いで、十七の時に結ばれた。器量の良い、いい女だ。


雀は仕事で斬った賊の頭の首を依頼者に渡し、報酬を受け取って、町の中心から少し離れた家に戻る。


町中を歩いていると殺気を感じて柄に手を置き、振り返ると歳の頃が十にも満たない程の子供が瞳に憎悪の炎を灯らせ、小太刀を握って駆け寄って来る。


雀は子供の首を跳ねようとするが、脳裏に息子の顔がチラつき、固まっている間に小太刀が腹を抉る。


己の腹に突き立てられた小太刀を他人事の様に眺めながら、恐らくこの子供の親でも殺したのだろうと脳内で結論付ける。


せめて死ぬ時くらいは妻子の顔を見ながら死にたかった、という思いが遠ざかる意識の中で浮かび、二十三の生涯に幕を閉じた。





「……か…………い…………き……え………か」


何処か安心できる声が聞こえ、沈んだ意識が浮かび上がる様な感覚がする。


幾度か声に呼びかけられ、やがて意識が鮮明になっていく。


「おーい、聞こえますか?」


目を開くと、金色の髪の目も眩むような美女が顔を覗き込んでいた。


ボーッとその美女に見蕩れていたが、直ぐに正気を取り戻す。


「あ、貴女様は……?それに此処は… …?おれは死んだ筈では……?」


次々と疑問が湧いてくるが、目の前の美女はふんわりと微笑んで雀の疑問に答えていく。


「私はセカイの管理者、所謂神を務めている者です。女神、とお呼びください」


その言葉を聞いて成程確かに神々しい気配の持ち主だと納得している雀に続けますね、と断り話を続ける女神。


「この空間は私が造りだした空間です。普段はこの空間でセカイの管理をしています。そして貴方は確かに死にました」


「何と、つまり女神様が生き返らせてくださったという訳ですか?」


「いえ、貴方は魂だけの状態で此処に居ます。ですがこれから別のセカイで生き返ることができます。どうしますか?」


女神に聞かれるが如何にも話が美味過ぎると怪しんだ雀が問いかける。


「その、疑う様で申し訳無いが話が美味過ぎると思いまして、そこまでして頂ける訳を教えて頂きたく……」


すると女神はあっけらかんと理由を話す。


「実は貴方の五百年後の子孫にとある人が転生する予定なんですよ。それでその人の家系を漁っていると面白そうな人が居た。それが貴方です。そして貴方の事が気に入って『その後』が見たかったからです。この返答で納得して頂きましたか?」


成程、大して重要ではない理由だと安堵していると女神がふと思い出した様に口を開く。


「生き返る際に何か希望は有りますか?ある程度なら叶えますよ」


そう聞いて直ぐに雀の頭に浮かぶ。


「では妻子が安全に、幸せに生きていける様に計らって頂きたい」


「その位なら簡単ですよ。他に有りませんか?」


「では、愛刀の月天酔と共に行きたい。良いだろうか?」


そう聞くと女神は快諾する。


「序に老いにくく、死ににくい身体と貴方の生活の補助等をする者を付けますね。では、いってらっしゃい」


そう言って手を振る女神に深々と頭を下げる。

そうして直ぐに雀の身体が透け始め、五秒数え終わらぬ内に完全に空間には女神一人になった。

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