Chapter04:『蒼海鮫《ディープ・ブルー》』
亜希とサレナの逃げ込んだビル。
その隣、玄関から真正面のビルに降り立つ影があった。
緑を基調としたフリルの多いミリタリーゴシックの服に身を包み、軍帽風のどこか可愛らしい帽子を被るポニーテールの少女。
その手のライフルのような『魔法のステッキ』を携え、静かにその視線を建物に向ける。
「ふむ……」
彼女の視界、色の抜けた世界の中では、建物をすり抜けた先に二人の少女と一匹の不思議生物がこちらを見ているのがはっきりと見えた。
「あのサメはどこだ……?」
す、と拡大した視界を戻し、サメの形を意識して見回す。
意外なことに、サメは建物を出て玄関先でこちらを隠れもせず見ていた。
(……?
なんのつもりだ……?)
一瞬、面食らって凝視した瞬間、そのサメはまるで人間のようにニィと口の端を曲げ、サメの歯をチラつかせて笑う。
「ッ……不快な奴だ……獲物の分際で」
まっすぐ、それも蚊が止まりそうな速度で泳いで向かってくる宙を泳ぐサメに、銃口を向ける。
「止まれ。言葉は分かるか?」
《いいよぉ?ようやく声が届く距離だ!》
すぅ、とサメが目と鼻の先にやってきて不気味に頭に響く声を上げる。
あまりの奇妙さに不快感すら覚え、ライフルを構える少女━━━━魔法少女ハンター・リディアの
「なんのつもりだ?」
《オイラ、ディープ・ブルーってんだ!
お話でもどうだい可愛いお嬢さぁん?》
バンッ!!
空気を切り裂き、銃弾が放たれる。
ひゅ、とサメ━━━ディープ・ブルーの頭頂部辺りを切り裂き、背後の空に弾丸は消える。
「ふざけるなよサメ風情が。
フカヒレの具ごときがこの私をナンパだと?
ハッ!!
舐める舐められた以前に、異種交配好きなど願い下げに決まっているだろうが!
ましてや甘辛く煮付けるだけの下等生物相手になどな!!」
《…………》
その返答を聞いたディープ・ブルーは、再びリディアの顔を見てより喜びの色を強くして笑う。
《いいねぇ……!その気の強そうな意思の『匂い』……!!
それでいて冷静に、目標からは目を離さない……!!》
ちら、と視線をずらし、健気に背後にいるであろう片方を守るべく構えるサレナを見る。
「射手が獲物から目を離すとしたら、それは仕留めて解体して焼いて食った時だけだ。
私が見ている限り、獲物は逃がさない」
冷静に、決して油断などせず、目の前の得体の知れないサメへピタリと銃口を向ける。
「言いたい事はそれだけか?
ならば死ね。
苦しまないように一撃で仕留めてやる」
リディアの発する、弾丸よりもなお鋭い言葉。
《………………》
その言葉を投げかけられた時、ディープ・ブルーが見せたのは、
《…………へへへ……♪》
━━━笑顔。
「何がおかしい?」
《だってよぉ……分かっちゃったんだもんなぁ》
スゥ、とサメの目を、サメとは思えない人間臭い形に細めるディープ・ブルー。
《お嬢さん、ステーキと焼肉は甘口ソース派だろ?》
「……!?」
《オイオイ、ここは普通『は?』って言うところだぜ?
まじめだねぇ、図星の時の反応も大真面目だぁ!》
「ぐっ……だからどうした!?」
《つまり、
あんたは全部の感覚が鋭敏な、とか言うタイプじゃあないって事だわな》
一瞬、言葉に詰まるが、リディアはその言葉の重大性がすぐ理解できた。
《オイオイオイ、撃つ気かぁ!?
また図星の反応じゃあないかよぉ〜、まじめ可愛いかよ〜〜??》
愛銃であるステッキを構えた瞬間、神経を逆なでするように言うディープ・ブルー。
わざとだ。
(それは分かるが……腹立たしいッ!
見透かされているようなその目が……!!
下等な軟骨魚類ごときに……ッ!!)
息を落ち着かせ、なお睨みつける。
「……何を根拠にそう思う……!」
《フカヒレってよぉ、それ自体味がねぇからさぁ……濃いめのタレっつーかスープで頂くもんなんだよなぁ。
だから『甘辛く』ってのも王道の味さぁ……ただ、なんで、甘辛くって咄嗟に言葉が出たんだ?
咄嗟に甘辛いって言葉が出るなんて、日常でも甘辛い味が好きな奴だけさぁ。
現に俺の相方がたまに行く中華屋のフカヒレチャーハンのタレはよぉ、普通に濃いめの塩辛い奴だから、フカヒレの印象も「塩辛い」ってなるぜぇ?》
「乱暴な推理だな!?」
《その言葉でその顔って、めちゃくちゃ図星の時しかしないぜぇ?》
くっ、と引き金に指をかけるリディア。
《おいおい良いのかい?
他の二人と一匹見てなくてよぉ?》
「見ているとも、すでに建物の奥に走っていることも!!
だが、それがどうした!?」
激情に声を震わせても、なお目標を見失わない。
「貴様がいくら気をそらそうとも、私の射程圏内にいる限り追跡はやめない!!
見逃しもしない、何処へ逃げようとも!!」
《━━━━ああ、やっぱ引っかかったじゃないか!成功だ!》
「ハッタリを言うな!!」
《いや、誰が、いつ逃げるって言ったんだい?》
何、と思う間も無く、視界の端で信じられない動きが起こる。
━━━助走をつけて、窓を突き破る。
誰が?目標が。
どこに?
こちらに。
「なっ……!?」
魔法少女は、当然のごとく身体能力が高い。
無論、少女一人、魔法生物一体程度背負って、こちらに『飛べる程度には。
「━━━奇策は、成功だったみたいだな」
シュタッ、と軽い足取りで、人一人背負った状態のサレナは呟く。
「んで、そこのあんたこの次にこう言う。
『馬鹿なッ!?近づいてきただと!?』
ってね!」
「馬鹿なッ!?近づいてきただと!?
ハッ……しまった……!」
「ああ『しまった』で合ってるよ。
━━━━
ドン、と相手を指差して、背負われていた少女━━━亜希は言い放った。
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