第170話

「しばらく乗れないなら、東京に来たらええのに」

「うん。でも、かなちゃんの31勝目に立ち会わなきゃだし」

 御蔵まきなは東京まで出ている祖母の勝子に向けて、近況報告の電話をしていた。週に1回以上、競馬学校からの習慣だ。まだ母が生きていた頃はスピーカーホンで2人相手だった。

「その、かなちゃんという子はどうなん?本当に後4勝できるん?」

「できるよ!こないだも園田で交流重賞勝ったん!」

 霧生かなめはJpnⅢの兵庫ジュニアチャンピオンをビビッドバレンシアで優勝。2歳重賞と言えど、地元馬でのダートグレード付き競走勝ちは滅多に無いこと。女性騎手の珍しさもあって『園田育ちのヒロイン霧生かなめ』と普段は競馬に興味の無い地元の有力一般紙、『兵庫湊新聞』も取り上げた。

「特にダートで強いんよ!体感で5割、実際でも35%勝ってるデータが出たん!」

「4割!?」

 そう、霧生かなめの中央地方合わせたダートコースの勝率は35%。3回乗れば1回は勝っている計算だ。また、中央だけの勝率に限るなら40%以上にもなる。

「それは・・・すごいやねえ・・・」

「でしょ!」

 合計8勝を挙げた風間社長のファントム軍団の上澄み馬質に助けられたが、もう半分はファントムに関係ない馬。明らかに今、とても調子が良いのだ。

「でも、もう、飛び降りたらイカンのよ?」

「飛び降りてないって!」

 勝子はみやこステークス前にまきなが負傷降板狙いで落馬したと疑っている。八百長にすら当たる行為を、まきなは自身の名誉のためにも否定しているが。

「哲三から、落ちたって聞いたときは心臓が止まりかけたの」

「ごめんなさい」

 まきなに言わせれば、あれも競馬の神様の思し召し。15年間も馬から落ちなかった自分が落ちたのだから、そうに決まっている。

「神様も、かなちゃんがクラでGⅠ走るの見たかったんだよ」

「全く・・・」

 夫にも娘や婿にも先に逝かれた自分の身にもなって欲しいと喉まで出かかる勝子だった。


 その頃、霧生かなめは実家の祖父から来たメールを見つめていた。

『かなめさん新聞見ました頑張つていますね爺も頑張ります』

「じいちゃん・・・」

 句読点の入力方法も知らないで、一生懸命打ったメールだ。思えば、園田競馬場を知ったのは兵庫県職員として競馬組合に出向した祖父がきっかけだ。馬に触れ、騎手を志したかなめ。彼女に伝を辿って夏休みの牧場行きを促したのも祖父。競馬学校に受かった時、仕方がないと渋々の母や父をよそに、唯一、心から祝ってくれた。

 母からは自身が兵庫湊新聞のスポーツ面にカラーで特集された時の祖父の喜び様を聞いていた。

「もうちょっと、良い格好できるかな」

 今の流れでユングフラウ・ドーベンを地元・仁川の2歳GⅠで降せば、扱いがより大きくなるだろう。さらなる発奮を誓った。

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