第96話
6月も下旬に向かうある日、唐橋厩舎に来客があった。
「弥刀さん!約束はどうなったんですか!」
「いや、まきなも馴致に調教で忙しいやん?」
「1泊で終わりますから、そろそろ協力してください!」
協力とは、弥刀が伊藤にマスコミ対策させる時に使った方便、『まきなのグラビア撮影をさせる』と言ったものだった。
「本気だったの?」
まきなは思わず体を抱いて、庇う態勢をとる。
「まきなさんのグラビアには需要が絶対あります!さあ!水着になろう!」
と、そこに唐橋調教師が現れた。
「なんや、騒がしいなあ・・・」
「唐橋センセイ!空港での約束をですね!」
「ああ、そう言えばそういうのもあったなあ・・・」
「約束は約束ですよね!?」
「そうやなあ・・・」
「おとうちゃん!何言ってんの!」
「先生、私を売る気ですか!?」
「いや、実際助かったやろ。今も滅多にメディア来てないし・・・伊藤さんが抑えてるんやで?」
「え!?」
裏でそんな動きが!?と驚くまきなと弥刀。彼がドバイで撮り溜めた写真を各メディアに放出して、取材攻勢を別の方向に向けているらしい。
「まあ、ワシらには恩がある。まきな、受けるしかないやろ」
「はい・・・」
これ以上の抵抗は理が無いと、諦めたまきなであった。
まきなの水着姿撮影が沖縄で行われた。あまり長い間、栗東を離れることはまきな自身も、唐橋調教師も許さなかったため、1泊2日の弾丸日程だ。
「うう、憂鬱だぁ…」
「さあ、脱ぎや!メイクはあっちのお姉さんがやってくれるで!」
こうなったらヤケだと言わんばかりに弥刀は手をワキワキさせてまきなを狙っている。その後ろでは、このためだけに呼び寄せられたメイクアップ要員の愛羽さんが同じく手をワキワキさせている。騎手のグラビアと聞いて乗り気ではなかったものの、思った以上に素材が良かったために今や、やる気満々だ。
「そうよ、まきなちゃん!アナタは私により美しく生まれ変わらされるのよ!」
「お、お手柔らかにいいいいい!?」
待機所である沖縄の海の家にまきなの断末魔が響き渡った。
そうして、ウマドキスポーツの1面全部、カラーページの巻末、ついでにいつもは広告欄になっている見開きにはポスターで、御蔵まきなの水着グラビアがドーンと掲載された。ある若きダービージョッキーは異国の地で今度こそ鼻血を垂れ流し、同期たちは彼らが思う御蔵まきなのイメージを最大限に膨らませて撮られたそのグラビアに歓喜した。
以下、その周りにいた女性たちの反応である。
「確かに、これは仕方ない。私が男だったら、鼻血までは行かないだろうが虜になったわね(20代女性、独)」
「お姉さま、慶太郎さんを軽蔑するのは間違っていますか・・・?(10代女性、仏)」
「これだから、男ってやつは・・・まあ、いつもと違ってこういうのもいいわね、マキマキは?(20代女性、日)」
この時のグラビアへの反響はすさまじく、概ね、男女ともに好評だったという。特に女性人気が高まり、男女ともに求める声が止まないため、全国のコンビニではウマドキスポーツが仕入れた側から飛ぶように売れたという。掲載号の売り上げは1年の売り上げ10万部に届いたとか。
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