第55話 それぞれの想い

魔王の執務室を出る。結局、終始ギクシャクしたまま仕事をすることになった。


 客室に戻る途中で、ガレンと出会った。

「美香」


 ガレンは私を見ると、心配そうな顔をした。

「どうしたのです。貴方の顔を曇らせる何かがあったのですか」

「……ガレン」


 プロポーズを断ったというのに、正確には断らせてくれなかったけれど、ガレンの態度は以前と変わらない。

「私では、貴方の力になれないでしょうか?」

「ありがとう、でも……」

これは、私と魔王の問題だ。ガレンに相談してどうこうなるものではない。私が言い淀むと、ガレンは微笑んだ。


 「では、魔法をひとつ」

ガレンがパチンと指を鳴らすと、赤い色の薔薇が四本現れた。

「わぁ……」

まるで、手品みたいだ。魔法には手品と違って種も仕掛けもないのだけれど。そして、その薔薇の花を私に差し出した。

「もらっていいの?」

「もちろん」


 ガレンが頷くので、有り難く薔薇を貰う。少しだけ、元気がでた気がした。ガレンにお礼を言って、ガレンと別れ、部屋に入る。


 ガレンから貰った薔薇を花瓶にいけて、

ベッドに転がる。


 ガレンのおかげで、少しだけ元気がでたけれど、やはりもやもやとしたものはまだ胸に残っている。

「私も好きって言えなかったなぁ」

ガレンに片思いをしていたときは、両想いになれたら、どれほど幸せだろうと思っていた。けれど、ただ現実は想いあったら、ハッピーエンドになるほど甘くはなかった。


 魔王のことは私も好きだが、魔王が私と友人でいたいというのなら、私の想いは迷惑になるだけだろう。

 以前、魔王と恋愛について話したとき、今度は、自信をもって素敵な恋をしたと言えるような恋がしたいと思った。魔王は、尊敬できる人だし、魔王を好きになったこと後悔していない。けれど、恋愛って難しいな。そんなことを考えながら、目を閉じた。


 ■ □ ■


 「……良かった」

ミカには大分戸惑った表情をされたし、変な空気になってしまったが、ミカとの友情を失わないことに成功した。

「何が良かったのです、兄上」

安堵の息をついていると、ユーリンが入ってきた。ユーリンに事の顛末を話すと、ユーリンは呆れた顔をした。


「何がこれからも友人としていられる、ですか。兄上、そこはもっと押すところでしょう。兄上がそんな調子だと、本当に巫女殿は巫女殿の世界へ帰ってしまいますよ」

「それはっ……、ミカの安全が保証されればそれで良いと思っている」


 私がクリスタリアを捨てられないように、ミカにはミカの世界がある。ミカがこの世界のことを好きだといってくれたことは、とても嬉しかったが、彼女がこの世界に残ることはないだろう。彼女の家族も、友人──は、私がいるが、とにかく、彼女が元の世界に残してきた大切な者の代わりには誰もなれない。


「兄上は、本当に不器用ですね。ですが俺は、兄上の欲を優先させてもいいと思います。巫女殿にもう一度想いを告げられてはいかがでしょうか。この世界に残って欲しいと」


 夢想しないわけではない。ミカも私に好意を向けてくれて、ずっとクリスタリアにいてくれたら。ミカがずっと私の隣で笑ってくれたら。それは、どれほど、幸せなことだろう。


 「……それは、」


けれど。そう告げて、今度こそミカとの友情を失ってしまったら。

「兄上、恋というものは案外、粘った者の方が叶うものですよ。俺だって、ソフィアに何度振られたことか」

ユーリンは奔放だが、そのたくましさを私は尊敬している。そのたくましさは、私にはないものだ。


 「ユーリンは、すごいな」

「当然です。兄上の弟ですから」

ユーリンはそう、自信満々に言いきった。

あまりにも得意気な表情だったので、思わず、笑ってしまう。


 「……ありがとう、ユーリン。もう一度、ミカに想いを告げることにする」

それで、ミカから想いを受け取れないと言われたら、きっぱりと諦めよう。そう決めて、窓から月を見上げた。

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