第17話 魔王と睡眠
──健やかに過ごしているだろうか。
新しい花が咲いた。良ければ、今度一緒に見に行こう。
──陛下のお陰で、健やかに過ごさせていただいております。陛下のご都合がよろしいときに、ぜひご一緒したいです。
「これでよし」
蝋で封をして、サーラに手紙を届けてもらう。魔王に感謝の気持ちを手紙で伝えて以来、文字の勉強に、と魔王から手紙が届くようになった。どれも他愛もない内容だけれど、このところ戦争で忙しいのか会えていないので、こうやって手紙のやり取りができることは嬉しい。
魔王から送られてくる手紙は何か魔法を使っているのか、優しい花の香りがする。今日も受け取った手紙を引き出しにしまい、伸びをする。
ちらりと窓を見ると、雨が降っていた。最近雨が多い。これは、残念だけど花の観賞会はしばらくできないかもしれないなぁ、と思っていると、ユーリンが私を訪ねてきた。
ユーリンの用件を簡潔に言うとこうだ。
「陛下が、寝てない?」
ユーリンは大きく頷いた。
「そこで、何か巫女殿に良い案を頂戴したく」
よく眠れる方法か。少なくとも、ユーリンが私のところに来ずに仕事をすれば、魔王の憂いは一つ消えて、眠れるようになると思うんだけれど。私の視線の意味に気づいたのか、ユーリンは慌てて弁解する。
「最近、『記憶の雨』が続いているので……」
確かに、最近雨が多いと思っていたが、記憶の雨だったらしい。
最近、顔色が悪い魔王にユーリンが訳を聞くと、眠れてないと答えたそうだ。
「ぐっすり眠れるハーブティー」
「試しました」
「布団をかえてみる」
「試しました」
駄目だ。私の凡庸な頭では良い案が思い付きそうもない。
でも、私最近嫌な夢みないけどなぁ。とりあえず、できることをしてみる、とユーリンに約束してその日は別れた。
■ □ ■
夜。暖かい格好をして、廊下に出る。廊下に出ると、思った通り、子守唄が聞こえた。今日も魔王は眠れないらしい。歌声をたどって、魔王の元へ行く。
「陛下」
私が呼ぶと、魔王は振り返った。
「巫女?」
頷いて、魔王の隣に座る。魔王は少々驚いたようだが、受け入れてくれた。それを良いことに私は、魔王に質問する。
「陛下のお年はいくつですか?」
「今年で十七になる」
これには驚いた。私と二歳しか変わらないんだ。てっきりもっと、年上かと思っていた。でも、そう考えると。
──魔王は、七歳の時にご両親を失ったのか。確か、叔父や叔母にあたる人はいないから、その時から即位していることになる。それは、どれだけ大変なことだろう。もしかしたら、だから、余計に大人びて見えるのかもしれない。
「私は今年で十五才です」
「そうか、あと一年で成人だな」
そういえば、この世界の成人は十六なのだ。この世界では、あと一年でお酒が飲めるようになるのは不思議だ。
「ところで、陛下」
「何だ?」
「子守唄、歌いましょうか?」
私が言うと、魔王は頷いた。冗談のつもりだったので、驚いたが、魔王がそう望むならと魔王とガレンが歌っていた子守唄を歌った。
「貴方の声は、少しだけ母に似ている。……触れても、いいだろうか?」
「はい」
魔王の大きな手が、私の頬を包むように触れる。
「生きているな」
確かめるようなその言葉に、はっと息を飲む。もしかして、魔王は、ご両親の死の瞬間に立ち会ったのだろうか。
「ええ、ピンピンしています」
「……そうか」
魔王がゆっくりと、手を離す。何だか、少しだけ名残惜しくてその手を視線で追うと魔王は笑った。
「すまない。大方ユーリンにでも頼まれたのだろう」
ば、バレてる!
「陛下、私、前ほど雨の日が嫌いではなくなりました。陛下が子守唄を歌ってくださったから」
魔王の優しい歌声は、私の心を解きほぐした。だから、私も魔王の力になりたい。私がそう言うと、魔王はゆっくりと瞬きをした。
「……私もだ。雨の日は嫌なことばかりだったが、貴方とこうして話す時間は楽しい」
魔王もそう思ってくれているなら良かった。それに、最近なかなか話せなかったので、こうして話せるのは嬉しい。
「だが、巫女、もう部屋へ戻れ。風邪を引く」
「今日は暖かい格好をしているので大丈──」
しまった! くしゃみが出てしまった。
「ほら、風邪を引いてしまうだろう。……私ももう眠るから」
本当に? 私がじっとりした目で見ると、魔王は苦笑した。
「ああ。貴方のお陰で、今日は眠れそうだ。……ありがとう」
そう言われては、引き下がるしかない。魔王におやすみの挨拶をして、部屋へ戻る。
──今日こそ、魔王がぐっすり眠れますように。
そう願って、眠りについた。
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