聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
二度目の生
第1話 聖女を騙った少女の、末路
頭上を見上げると、ギロチンの刃が鈍く光っている。
「聖女を騙った罪は重く、情状酌量の余地はない」
処刑人が私の罪状を読み上げる。観衆から、殺せ! と声がした。一人が声を上げたのを皮切りに次々と殺せ!殺せ!とコールが続く。
「よって――死罪とする」
途端に観衆がわっと、沸いた。中には口笛を吹く者もいる。
――どうして、こうなったのだろう。
■ □ ■
ある日中学から帰宅途中に、突然足元に魔法陣が現れ、『聖女』として異世界に召喚されてしまった。
いきなり聖女として、祭り上げられてしまった私は、実は、特殊な能力がある――わけでもなんでもなく、何もできないただの小娘だった。
しかし、私を召喚した大人たちは、それでいいのだといった。
――昔々、神に呼ばれた異世界から来た黒髪が美しい聖女様は、
魔物に満ちた、世界を救い、
安寧と平和をもたらしたのだと言う。
それはこの国住むものなら、誰でも知っているというおとぎ話。
「強い光が必要なのです」
今、この国は、魔物との戦争中で劣勢に立たされているらしい。そこで、おとぎ話の出番というわけだ。
おとぎ話の聖女が実際に現れたことにして、兵士たちを鼓舞し、何とか戦況を持ち直したい、というのが、考えのようだった。
「この国の光となっていただけませんか」
この世界にいる間の衣食住と、戦いが終わったら、必ず元の世界に戻すことを力強く約束され、私は、思わず頷いてしまった。
豪華な食事に煌びやかな衣装を着せられ、舞い上がっていた。
そして、私が、舞い上がる原因になった理由はもう一つ。
私の護衛として、専属の騎士がつけられたのだ。
その名前をガレンという。ガレンは、深い青の髪に、金の瞳をしていた。一目見たとき、四つ年上の端正な顔立ちをしたガレンにどうしようもなくときめいて、恋に落ちた。
ガレンは、この国の人は発音しにくいという私の美香と言う名前を、聖女様でも、ミカでもマイカでもなく、正しく美香として、呼んでくれた。
「ああ、美香」
ふと目があうと、名前を呼んで顔をあげ、微笑んでくれた。
その笑顔に、
魔物との戦場に聖女としてたつのが怖いのだと嘆く私の手を、私が眠るまで握ってくれた、その手の暖かさに、どれだけ救われただろう。
魔物――私は、名前からしてもっと獣のような姿を想像していたが、その想像とは、違い、人間に近い、もっというとほぼ人間と変わらない姿をしていた。
ただ、少し、人間と比べて耳が尖っているだけだ。周囲の人間たちからは、他にも様々な微妙な違いを挙げられたが、私からしてみれば、人間と変わらないように思えた。
そんな人間同士の争いにしか見えない戦場で、兵士たちを鼓舞しろ、と言われても、戦争を知らない時代に生まれた私には、難しかった。初めてかぐ人の肉が焦げる臭いに何度も吐き気とめまいを覚えた。
それでも、ガレンがそんな弱い私を支えてくれたから、私は何とか立っていられた。
――しかし、突然『その日』がやってきた。
その日は、雨が降っていた。
私が召喚されてから一年がたち、徐々に劣勢から優勢へと、転じていきそうな微妙な状態。
そんな中、全てをひっくり返す、存在が現れたのだ。
■ □ ■
ギロチンから、ちらりと観衆の中に視線を動かすと、『彼女』と目があった。ガレンは彼女を私の視線からかばうように、前にでると、私を睨みつけた。
あんまりなその態度に思わず笑ってしまう。
まさか、本物の聖女相手に、ただの小娘の私が何かできるはずもない。
――そう、神から、全ての魔物を滅せよと命じられたという本物の聖女が、現れたのだ。
その日は、雨が降っていた。雨が、突然、花に変わったかと思うと、辺りがまばゆく光った。あまりの眩しさに目を閉じた私が、再び、目を開けたとき、そこには、可憐な黒髪の少女がいた。
少女は自らを聖女と名乗り、魔法で、兵士たちと共に魔物を次々と滅ぼしていった。
前線に立ち、魔物を滅ぼす彼女とは違い、何もできない私は、戦場の隅で今まで通り兵士たちを励まそうとした。
「なぁ、アンタ本当に聖女なのか?」
「え……?」
私は、神から命じられたわけではない。ただ、周りにいた大人たちが、私を聖女と呼んだから、聖女になっただけだ。
「あっちの聖女様と違って、戦えるわけでも、癒しの魔法が使えるわけでもない。それなのに、なんで、聖女なんだ?」
彼女の手によって戦況が収束されていくうちに邪魔になってくるのは、私の存在だ。
私に優しかったガレンの態度も徐々に変わっていった。
「ガレン」
「どうしました、美香」
「ガレン」
「何かありましたか」
「ガレン」
「何です」
「ガレン」
「今、忙しいんです。後にしてもらえますか」
「ガレン」
「聖女様と比べて、何もできない貴方はどうして――」
ガレンはいつの間にか、私の護衛から、聖女の護衛となっていた。そして、私は、戦争が終わると同時に捕らえられた。
――聖女を、騙った罪人として。
■ □ ■
そして、今。
戦争が終われば、元の世界に戻す、ということは嘘だったのか、なんて思いながら、依然と睨みつけてくる、ガレンから視線をそらす。
「最後に何か言い残すことはあるか」
そもそも、私は、嘘をついた覚えはない。声を大にして言いたかったけれど、もはや、そんな気力も残っていなかった。
「いいえ、特にありません」
ならばよし、と、ギロチンの刃が落とされる。
最後に願ったのは、痛いのは、嫌だ、ということだけだった。
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