四二 新川土手 壱
壷内尊は疾風を起こし、砂埃で遙香たちの動きを封じて広場を逃げ出した。
あの女、ホントに人間なのか……
真藤遙香が強力な呪術者であることは知っていたが、ここまでとは聞いていない。正直、『カルト潰しの幽鬼』の方がよっぽど厄介だと思っていた。アークソサエティをたった独りで壊滅させた
だからこそ、智羅教に最近入信した林輔の母親に満留がアークの記事を書いた雑誌を与え、幽鬼に助けを求めるよう画策した。
案の定、一週間と待たずに彼は救出に向かった。幸運だったのは真藤遙香も同じく家を空けていたことだ。いつもよりかなり多めのクダを打ってそれで終わりのはずだった。返りの風が吹けば、その時は幽鬼も遙香も返り討ちにすればいい、そう思っていた。
それなのに永遠はクダを全滅させ、鵺を使った襲撃も法眼に邪魔され、ガシャドクロまで幽鬼に斃された。そして、
この
真藤遙香さえ現われなければ……
彼女は玄馬の霊力を奪ったと言っていたが本当だろうか?
オレを動揺させるためのブラフに決まってる!
そうだ親父に勝てるはずがない、自分が負けたのも何かの間違いだ。きっと、合神呪に欠陥があったのだ。また、改良しなければ。
合神呪は危険すぎる呪術のため、自分の身体を使って実験をすることはできなかった。だからアークソサエティは丁度良い実験場だ。教祖の
満留からも呪符を入手しているのには驚いたが、愚かにもあいつはそれを価格交渉の材料にした。だが、尊が完全に手を引くと言ったら二度と金のことは口にしなくなった。
満留がアークに提供していたのは極々力の弱い呪符のみで、未麓は彼女に尊のことは話さなかった。正確には尊も満留のことを直接聞いたわけではない、未麓が交渉に使うために見せた呪符からそれを察したのだ。
自分の呪符を満留に見せないよう未麓には強く言った。素性を知られるのを恐れたのではなく、
今ではその便利だった実験場もない、幽鬼が潰したからだ。当時の技術で出来る限りの合神呪を未麓には施してあり、その結果を知ることができたのはせめてもの救いだ。
「見てんじゃねぇ!」
人払いの結界から出たため、稲本団地の住人たちがギョッとした顔で尊を凝視する。その視線に苛立ち、彼は怒鳴りつけながら駆け抜けた。殴り殺してやりたいが、今は一刻も早く真藤遙香から逃げなければならない。
尊は人目を避けようとして、近くを流れる新川の土手へ向かった。
平日の昼前ということもあり、暇な老人が散歩している以外はほとんど人通りも無い。尊は遊歩道として整備されている細道を駆け抜けた。
突如現われた巨人に驚愕する年寄りを数名跳ね飛ばしながら、彼は突き進んだ。
やがて誰もいないところまで来ると、細い橋が架かっていた。その向こうは杜がありここよりも更に
尊は川を渡り、森の中へと続く道を
細い道を駆けていくと、古びた鳥居が見えた。
鳥居から石段が上へと続いているが、手入れをされていないのだろう石の隙間から草が生えている。
尊は迷わず石段を登った。
石段の途中にも鳥居がいくつかあり、その終わりには今までよりも少し大きな鳥居が建っていた。
そこを
彼は
「かえして……」
そこには一人の老爺が
「かえしてよ……」
尊はその場に立ち
「ぼくの霊力をかえしてよぉおおおぉ!」
老爺は尊の脚にしがみついた。
「オ、オヤジッ?」
そこに在ったのは、涙と鼻水、そして
「ウッ」
信じられない物を目の当たりにした尊だが、異臭に思わず顔を
どやら玄馬が脱糞したらしい。
「かえしてぇッ、おねがいッ、かえしておくれよぉ!」
「放せ!」
尊は玄馬を振り払って本殿を飛び出した。
遙香が父の霊力を奪ったというのは本当だったのか? 何故、彼がこんな所にいるのか? まさに悪夢だ、父のあのような姿を見せられるとは。
壷内尊はある意味において鬼多見悠輝と似ている。父に反発し家を飛び出し、父を超えようと
しかし、法眼との力の差が未だに圧倒的にある悠輝に対し、尊は合神呪によってその差を一気に縮めた。
いや、今となってはオレの方が上だ。
玄馬は遙香に負けたが、自分はまだ負けてはいない。
そうだ、オレは真藤遙香に負けてねぇ!
次は必ず勝つ、勝ってみせるッ。
必ず体勢を立て直してリベンジをする、尊は己自身に誓いながら走り続けた。
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