三四 F棟504号室 参

 そして遙香は文句を言いつつ異能力を使い、姿を消していた座敷童子を見つけ出した。


 佳奈には何も見えなかったが、刹那と永遠、そして梵天丸には視えているらしく、特に梵天丸は興奮して暴れるので永遠が抱き上げて抑えた。なおも吠え続ける彼に今度は遙香が一喝すると、ピタリと大人しくなった。


 ようやく呪術を施せる状況になり、遙香から比較的安全だがそれでも苦痛があり、しばらく意識を失うことになると告げられた。その上でもう一度、座敷童子を刹那に移すか尋ねられたが、答えを変えることはなかった。


 具体的に何がどうなったのか佳奈には理解できなかったが、ただ遙香が呪文を唱え始めると心臓が鷲づかみにされたように苦しくなり、体の芯が凍えそうでいて全身が火照り、やがて意識が遠のいた。


 そのまま眼が覚めたら朝になっており、永遠から座敷童子が刹那に移ったことを教えてもらった。


 それは佳奈が霊的に無防備になってしまったことを意味する。今、壷内尊に狙われたら一溜りもない、そのため事件が解決するまでこの団地で世話になることになった。


「だいじょうぶです、母が今日明日中には解決すると言っていました」


 だから、遅くても明日には自宅に戻れます。と、自分より年下の声優は淡々と告げた。


 佳奈は昨日の化け物の襲撃を思い出し不安になった。


 空中を駆けて戦った悠輝にも驚かされたが、鵺と迦楼羅という怪物には心底肝を冷やされている。


 あんなモノが実在するなんて未だに信じられない。だが、実際に佳奈は鬼多見が鵺の巨大な口で噛まれて血だらけになり、永遠が迦楼羅の炎に全身を包まれ丸焦げにされるのを目撃した。


 突然現われた白い秋田犬に乗った少女―永遠の血の繋がった妹の紫織―によって、二体の怪物を追い払うことができたが、あんなモノを操る相手に本当に勝てるのだろうか。


 目を覚ました時にすでに遙香の姿はなく、彼女が無事帰って来るのか不安でならない。


「姉さん!」


 梵天丸を抱きかかえた永遠が部屋に飛び込んできた。


 刹那は眉間に皺を寄せて妹に頷いた。


「やっぱり来たわね……

 佳奈ちゃんはここにいて。何があっても絶対に外にでないで、いい?」


「はい」


 頷くと刹那は微笑みで応えてくれた。


「それじゃ行くわよ」


 刹那と永遠が部屋を出て行こうとすると、廊下に英明が立っていた。


「来たんだね」


「うん、お父さんは……」


「一緒に行くよ」


 永遠の言葉を遮る。


「少しは父親らしいことをしないとね」


 表情は柔らかいが瞳に強い意志が現われていた。


「ダメだよッ、お父さんには身を守る術がない!」


「足手まといになることは解ってるよ。でも、朱理たちの楯ぐらいにはなれる」


 英明は自嘲気味に笑った。


「本当ならお母さんや叔父さんみたいに、みんなを守れればいいんだけど、お父さんには験力ちからがないからね。だから、出来ることをやるよ。さぁ、行こう」


 永遠と刹那を促して英明は表へ向かおうとした。


「ごめん、お父さん」


 デニムのハーフパンツのポケットから紙を取り出し、永遠は父の背中に貼り付けた。


「朱理、何を……?」


 言い終わる前に英明はグッタリとして、それを永遠は支えた。


 刹那も永遠を手伝い、佳奈のいる部屋に英明を運んで横にした。


「これはいったい……」


「母から呪符を預かっていたんです。もし、再び襲撃されたら父が一緒に戦うって言うはずだから、その時使えって」


 佳奈の問いに永遠が答えた。


「悪いけど英明さんを見ていて」


 佳奈が頷くと改めて刹那と永遠は部屋から出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る