一九 504号室茶の間 弐
「どれが一番マシかって話しになってしまうが、おれは二番目の封印だと思う。取りあえず座敷童子が誰かを傷つけることは防げる」
悠輝は佳奈を見つめた。
佳奈はその視線を受け止め頷いた。
「わたしも覚悟はできているつもりでしたが、さすがに死ぬ覚悟まではないです。
封印をお願い……」
「ちょっと待って!」
刹那が佳奈の返事を遮った。
「移すの、あたしじゃダメ?」
全員が驚きの眼差しを向ける。
「おまえ、自分が言っていること解ってんのか?
座敷童子を受け入れるってことは……」
「幸運と共に破滅を受け入れることになる、でしょ?
だから、あたしに移した上で封印すればいいじゃない。
そうすれば尾崎さんのリスクは限りなくゼロになる」
「でも、御堂さんが……」
「もともとこの依頼はあたしのなんだから、それぐらいしないとね」
朱理と舞桜の視線が、刹那と佳奈の間を行ったり来たりする。
「残念だが、それこそブレーブを通さなきゃ判断できない」
悠輝は厳しい声で刹那に言った。
「なんでよッ?」
「当たり前だろ、封印するからって百パーセント安全なわけじゃないんだ」
「マネージャーが一緒ならだいじょうぶでしょ?」
「たしかに遙香がいれば充分以上に対処できる。しかし、四六時中一緒にいるわけじゃない、そこで何かあると厄介だ。
それにおまえに取り憑いた座敷童子を封印したら、おまえ自身の霊力もどうなるか解らない。
最悪使えなくなって、ただの朱理のバーターになりかねないぞ」
刹那がキッと悠輝を睨んだ。
「ダレがバーターよ! たしかにそうだけどッ」
「何にせよ、ブレーブの許可がなければダメだ」
悠輝は話しはこれまでだと言わんばかりに刹那から顔を逸らし、佳奈に向けた。
「尾崎さん、申し訳ないけど、移すかどうかはブレーブの判断が出るまで待ってもらってもいいかな? それとも……」
佳奈は視線を泳がせた、彼女自身も迷っているのだろう。
「今すぐ決めなくてもいい、その前に聞きたいこともあるし」
悠輝は佳奈の右手に視線を向けた。
「その手、どうしたんだい?」
佳奈はビクッとして左手で右手を隠した。
「これは……その……」
「火傷したって言ってたけど、違うよね?
ちゃんと話した方がいいよ」
隣から舞桜が優しく言った。
佳奈は頷くと包帯を取った。
「昨日の夜中、寝てたらいきなり痛くなって……」
右手の甲に赤黒い
「この形……」
朱理が悠輝に視線を向けた。
頷いて彼は話しだす。
「実は座敷童子の右手にも同じ物があった。と言ってもこっちは痣じゃなくて傷跡だ」
「どういうこと?」
刹那が眉根を寄せる。
「さっきおれが座敷童子に頭突きを喰らわしたら、尾崎さんも同じところに痛みを感じた。
座敷童子のダメージが尾崎さんにも伝わるんだ。
つまり昨日の夜中、何者かが座敷童子を傷つけた。
そしてこの傷跡が似てるんだよ、朱理の肩と御堂の背中にある傷跡に」
悠輝の眼が鋭くなる。
「それってつまり……」
刹那に悠輝は頷いた。
「朱理を襲ったのと同じヤツが尾崎さんも襲った可能性がある」
「じゃあ座敷童子は尾崎さんを守ったの?」
「宿主を守るのは当然だ、死なれたら自分が破滅をもたらせない」
「すみません、そもそも座敷童子の目的って何なんでしょう?」
おずおずと佳奈が質問した。
「わたしに取り憑いて幸運と破滅をもたらすのはわかりましたが、なぜ取り憑くんですか?
幸運をもたらしたり、破滅をもたらしたり、座敷童子は本当は何をしたいんです?」
悠輝は首を左右に振った。
「それは憑きもののみぞ知ることだ、生気を吸うのが目的とも言われるが本当のところは誰にもわからない。
わかっているのはソレがもたらす結果だけだよ」
「そうですか……」
佳奈は少し残念そうな顔をして視線を下げた。
「ただ、こちらとしては一つハッキリしたことがある。少なくても朱理を襲ったのは座敷童子じゃない」
悠輝は朱理と刹那に視線を向けた。
「うん、姿がそもそも違うし……」
「気配も違うわね。確かに似た存在だけど、柴犬とゴールデンレトリバーぐらい違うんじゃないかしら」
そう言って刹那は朱理に抱かれた梵天丸の頭を撫でた。
梵天丸は耳を伏せ気持ちよさそうに眼を細めた。
「その例えが的を射てるかは微妙だが、もし座敷童子だったら呪詛返しでこの程度の痣じゃ済まないはずだ」
悠輝は少し考え込んだ。
「そうすると今のアニメ声優界では、少なくても三つの呪術勢力が主要な役を奪い合っているわけか」
「三つ?」
刹那が眼をすがめた。
「そうだろ? 尾崎さんは不本意とはいえ参加してしまった」
「もう一つが、永遠と尾崎さんを狙った式神使いでしょ? 三つ目は?」
悠輝は呆れた顔をした。
「なに寝ぼけてるんだ、おまえの事務所だろ?」
「ウチッ?」
「姉さん……」
永遠が困った顔をしたので、刹那もようやく気が付いたようだ。
「自分がどうやって役を取っているか思い出したか?
間違いなく最強がブレーブだ、なんてったって」
「お母さんがいる」
悠輝は頷いた。遙香の験力より強い
世界は広いから他にも存在するのだろうが、朱理と座敷童子が対抗できたことから、この件に関係している呪術師は遙香以上の
「問題は呪術師が誰か、もしくは依頼者は誰かってことだが……」
「手掛かりは、最近亡くなったり大怪我をして降板した声優がいるアニメで代わりに登用された声優よね。情報は早紀お姉ちゃんに頼めば集めてくれるけど……」
刹那は眉間に皺を寄せた。
「個人的に受けた依頼ですから、ブレーブに負担はかけられないんです」
済まなそうに朱理は佳奈に言った。
「いいえ、わたしも
佳奈の顔は青ざめている。
たしかに参るよな。
朱理を襲ったのが座敷童子でなかったとしても、ここに来たことで誰かを襲っていたことがハッキリした。あえて確認するつもりはないが、中には
姪を取り戻すため、己の身を守るため、悠輝もアークソサエティとの戦いで多くの
実際自首したとして超能力による犯罪は立証できない、状況証拠と証言から有罪になる可能性はあるが、遙香がそれを許さないと言えば悠輝の記憶を書き換えても止めるだろう。
もちろん遙香一人なら対抗可能だが、法眼を味方に付けられれば手も足も出ない。遙香は法眼を嫌っているが、娘のためなら手を組むことは充分にあり得る。それで悠輝は自首を思いとどまったのだ。
それにこういう事態が起きかねないからな……
姪たちが何者かに狙われる可能性は常にある。法眼と遙香だけでは手が足りない。
今回はおれも役に立たなかった。
朱理だけではなく、彼女を守ろうとした御堂刹那まで傷つけられた。二度と誰も傷つけさせないと誓ったのに、悠輝は同じ過ちを繰り返してしまった。
悠輝は頭を振って眼の前の問題に意識を戻した。
今は失敗を悔やんでる場合ではない、連続殺人に関係している人間を特定し、式神使いを
「あまり頼りたくはないが、こんな時に役に立つヤツに心当たりがある」
女性陣の眼が悠輝に集まる。
「おじさん、それって……」
朱理の言葉に渋い顔で頷くとスマートフォンを出して目的の相手に電話をかける。
〈おいッ、連絡が遅すぎるぞ!〉
開口一番、通話相手は不機嫌な声で叫んだ。
〈刹那ちゃんは無事なのかッ?〉
「ああ、大丈夫だ。済まない、
〈フン、ボクをダレだと思っているんだ? 名探偵天城翔だぞ、少年を母親に届けることぐらい造作もない〉
「なにかおかしいことは起こってないか?」
〈例の『返りの風』ってヤツか? 今のところボクはだいじょうぶだ〉
「林さんは?」
〈何かあったら連絡をくれるように頼んである。輔くんは戻ろうとするだろうから、『脱会の会』の人たちが林さんと一緒に見ているよ。あとはマインドコントロールを解く作業が残っているが、これは長期戦になるからな〉
『脱会の会』とは正式には『カルト団体からの脱会を支援する会』というNPO法人だ。
「そうか、
〈頼み? 刹那ちゃんの件に関わることか?〉
悠輝は事のあらましを天城に説明した。
〈人気声優連続殺人事件か……〉
「何か心当たりでもあるのか?」
〈ナニ寝ぼけたこと言ってるんだ? まさにボクが解決すべき事件じゃないかッ!
そっちに行くからちょっと待ってろ〉
「行くって、おまえ……」
言い終える前に通話が切れ、インターフォンが鳴った。
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