一 ファミリー居酒屋つくね

 しまむらは今年の秋に放送を予定しているアニメ『あやかし童子』の討ち入りに参加していた。


 一昨年、不祥事を起こして事務所にも周りにも迷惑をかけてしまった。しかし先輩や友人の助けもあり問題が大事になることもなく、決まっていたレギュラーを降ろされることもなかった。


 そして不祥事を起こして以来、久しぶりのレギュラーがこの『あやかし童子』だ。


 これで多少は事務所に償いができたかもしれない。


 隣に座っている声優の柳生エレンのジョッキが空になりそうなのに舞桜は気が付いた。


「エレンさん、追加頼みましょうか?」


 彼女は物思いにふけっていたのかハッとしたように舞桜に顔を向けた。


「おッ、気が利くねぇ、ヨメに欲しいよ。じゃ、生で!」


 満面の笑顔で言う。


「あんまり飲み過ぎないでくださいよ、酔っ払うと面倒くさいんですから」


 向かい側に座っていたエレンと同じ事務所のもりかわもえがすかさず突っ込む。舞桜と同い年ぐらいだが毒舌で人気がある変わった声優だ。


 エレンは得意げな顔する。


「なに言ってんの、ビールなんて麦茶といっしょでしょッ!」


 周りから「よッ、エレン!」とか「さすが酒豪声優!」などのかけ声が上がる。


 彼女はVサインで応えた。


 姉御肌のエレンは後輩だけではなくスタッフからも人気がある。


 舞桜は他に追加注文がないか周りに確かめた。


 ふと見ると事務所の後輩で今回のヒロイン役であるさきが、浮かない顔をして黙り込んでいるのに気付いた。


 店員に注文を伝えると佳奈の隣に移動する。


「飲んでる? って未成年だから『飲んで』はいないか。オレンジジュース美味しい?」


 明るく話しかけると、慌てて佳奈は笑顔を作った。


「はい……緊張してしまって……

 こういう時、どうしたらいいですかね、先輩?」


 佳奈は舞桜と同じ福島県出身で、それが切っ掛けで親しくなった。彼女は舞桜より二歳年下の十九歳で、昨年上京して舞桜と同じ事務所『ミケプロ』に所属した。


 所属して半年も経たないうちにアニメのオーディションで主役に選ばれ、それからも連続でヒロインやレギュラーに合格している。


「ナニ言ってんの今さら! こっちが聞きたいよ、お姉さん、レギュラー久しぶりなんだからッ」


 この言葉に佳奈はハッとしたように眼を見開いた。


「すみません……」


 真面目な顔になりうつむいた。


「ちょッ、どうしたの? 冗談にきまっているじゃないッ?」


 舞桜の方が申し訳なくなってしまったが、これでハッキリした。佳奈は悩みを抱えている、そして彼女には心当たりがあった。


「佳奈ちゃん、ひょっとして変更のことを気にしてる?」


 実は佳奈は最初からこの作品のヒロインに選ばれていたわけではない、彼女はオーディションを受けてはいたが受かったのは別の脇役だった。ところがヒロイン役に決まっていたしろがねが心不全で亡くなってしまい、きゆうきよ佳奈に白羽の矢が立った。


 公表される前の段階だったため、話題になることもないままスケジュール通りに企画は進んでいる。


「まぁ、複雑だよね……」


 たしかに役者が突然死した役を引き継ぐのは気が重いだろう。


「それだけじゃない……」と呟くように佳奈は言った。


「どういうこと?」


「あ、いえ、な、なんでもありません!」


 舞桜が尋ねると慌てて佳奈は否定した。


「なんでもあるよね?」


 舞桜は声を落とした。


「ねぇ、ワタシの噂、知ってるでしょ?」


 佳奈は眼を泳がせたが観念したように頷いた。


「あの日、ワタシはみんなに迷惑をかけた。過去にやったバカを何とか取り消そうと必死になって、結局それが裏目に出て……

 今思い出しても恥ずかしいし、本当に申し訳なくて土下座したい気分になる」


 舞桜は佳奈の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「でね、決めたんだ。友達が困ってたら今度はワタシが力を貸そうって。

 なんの役にも立たないかも知れないけど、話を聞くぐらいならできるから。

 わたしも友達にあのことを話して楽になったし」


 佳奈はうつむいた。


「ここじゃ話しづらいだろうから場所を変えようか、このあと空いてる?」


 舞桜の言葉に佳奈は小さく首を立てに振った。

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