第36話 保身



 集会所にやってきたアリィは、気づかわしげそうだ。


「でも、本当に良いの? 貴方達、違うんでしょう」


 違う、とは討伐隊に入る意思が今の所ない、という事だ。


「私は別に協力しても良いと思うんだけどなー」


 乗り気でいるイリアには悪いが、クロードとしてはそういう事は慎重に決めたい。

 何せ竜と戦う事は、今まで経験した事とは比べ物にならないくらいの危険な行為だ。

 命がいくつあっても足りないだろうと、そう自然に思えるくらいなのだから、そう簡単に決断が下せるものでは無い。


「皆、竜に困ってるんでしょ? 竜自体は可哀想だなって思うけど、倒さなくちゃたくさんの人がこのまま辛い思いをしちゃう」

「そうだね。それは分かってるよ。僕だって何とかできるものなら、何とかしたい。けど、イリア程お人好しじゃないからね」


 したいから突っ走る、ほど単純ではないクロードは、その一線を容易には超えられないし、超えてはならないと思っている。自分の役目的にも。


 だが、と今度はアリィに向けて言う。


「でも、今の自分達の状況だって分かってるんだ。だから保留。色々知りたい事はあるし、情報だって集めなくちゃいけない。それに……ここで堂々と断っても、アリィさん達に角が立つだけだしね」


 誰が悪いわけでもないのだろうけれど、落胆した時の事を考えると、すげなく断るという選択肢が容易に取れないのだ。

 自分達の身を考えるという意味でも、命の恩人の立場を考えるという意味でも。

 クロード達を連れてきたアリィ達に非難がいくのは、こちらの望む所ではなかった。


「私達は別にちょっとくらい言い合いになったって構わないんだけど……」


 それに対して、言葉を受けたアリィ達は、そんなクロードの態度を歯がゆく思っているようだ。


「まあ、平たく言えば僕達の保身だって事で今の所は良いんじゃない? 僕達帰っても、向こうじゃお尋ねもののままだしさ。討伐っていってもすぐにやるわけじゃないんでしょ。ならいくらでも説得のしようはあると思うし」

「そう、ね……」

「アリィ、これ以上は野暮な詮索になろだろう」

「ジン。そう、分かったわ」


 そちらが思う程重くは受けていないのだと、クロードはそんな風に伝えたつもりなのだが、向こうの反応は良くはなかった。

 歯切れ悪く頷くアリィは、申し訳そうな態度のまま。

 きっと、根が真面目なのだろう。


 話はこれで終わりと言う風に区切って、クロードは町巡りを続行させる。

 昨日も思った事がだ、クロード達がいるのは本当に人の町だった。

 ちゃんと人が歩いて生活してるし、それも数人ばかりではなく社会が形成される様な大人数で。


 これがここの世界の人たちが地中の中にいた時代だったら、クロード達も別の事を考えていただろうが、そうではなかった。

 平穏である日常がこんなにも衝撃的だとは思わなかった。


「人って案外しぶといんだな」


 思わずそんな正直な感想が口から洩れれば、アリィ達から笑われた。


「確かにそうね、意外としぶとい」

「ああ、お主らと同じように海に土に、環境を変えた所で、かならずこうやって日の目を浴びに出てくるところが、特に」


 くすくすと笑い続ける彼女たちのどんなツボを付いたのか分からない。

 そんなにおかしい事を言っただろうか。


 一方会話に交ざってこないイリア達はそんなやり取りよりも、まあたらしい風景に興味津々だった。


「わぁ、あっちのお店に珍しい物が置いてあるよ。あっちにも」

「見た事、ない……」

「ちょっと、二人共。ふらふら歩かないでよ。僕達にはのんびり観光している余裕はないんだからね。色々調べなきゃいけない事とかあるんだから」

「えー、ちょっとぐらいいいじゃん。クロードのケチ」


 ケチと今のこれとは関係がないような気がするのだが。


 だが、口を尖らせる幼なじみは、本当に楽しそうだった。

 屈託のない笑顔をもう少し見ていたいという気持ちもクロードには確かにあって、かける言葉が段々控えめになってしまう。


(僕ってほんとイリアには甘いなぁ)


 そんな風に騒ぎながら歩いていたせいか、町の中にいる人達の注目を集めてしまったらしい。


 歩いていると、こちらに気が付いた様々な人に声をかけてくる。

 大抵は見慣れないクロード達についての事なのだが、それに負けず劣らずアリィ達に話しかけてくる者達もかなりいた。


「あ、ジン君だ」

「アリィさんもいるわよ」

「おや、二人ともそろってお出かけかい」


 その内訳は、老若男女問わず、実に様々な層。

 皆、二人の事を良く知っているような様子だ。


 二人はこの町では結構な有名人らしい。


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