第29話 吸収②
「私、そんなのイヤよ。誰かの支配下にいるなんて」と神城は感情的に言った。
そう言った神城に佐々木は「涼子ちゃん。だから例え話ですよ・・そんなの私だっていやだし」と言った。
「僕も違うと思う・・僕たち三人は決して伊澄さんの支配下にはいない」
すると神城は少し落ち着いた口調になり、
「でも、もしそうだとしたら、君島さん・・ちょっと可哀想じゃない? 今までの人気を伊澄さんに全部持っていかれた形だし」と言った。
だが、僕は、
「そうかな? 君島さんは、自分より抜きん出ている伊澄さんを嫌ってる・・そんな気持ちを貫いているから、それはそれでいいんじゃないかな。理由はどうあれ、君島さんは僕たちと同じように伊澄さんの支配下にはいない」と言った。
「そうねえ・・そういう意味では、君島さんと私たちはちょっと似ているかも」と神城は言った。
そんな話をしながらも僕たちは弁当を食べ終えていた。
弁当箱を閉じながら、僕の目が本来見るはずのないものに向けられていることに気づいた。
それは水筒のお茶を飲む神城の喉元だ。
知らない間に僕は神城の喉元を凝視していた。
神城涼子の喉が別の生き物のように脈打つように動いている。
誰かが僕の目を見たのなら、大きく見開いた目を目撃することになるだろう。
自分の目を自身で意識していた。
更に僕の目は神城の制服から伸びる白い脚に向かった。
ふくらはぎからスカートに隠れている太腿に想像が及ぶ。
いつもより肉感的に見える神城涼子の肢体。
けれど、それは性欲などではなく、その上位に位置するような欲求だった。
性欲よりも高尚な欲望だ。
次に、僕より下段に座る佐々木奈々のうなじにも目がいった。
産毛で覆われた首に血管が透けて見える。それは覆い茂る暗い森のように見えた。
森をかき分け、進むと僕の求めるものがある。
それは・・
「ちょっと、屑木くん! 聞いてる?」
神城の呼ぶ声に僕はハッと我に返った。
「神城、な、なんだよ?」
「私じゃなくて、奈々が話してるのよ」
「佐々木、悪い。聞いてなかった。もう一回言ってくれ」
謝った僕に佐々木は微笑みで返し、
「私たち、君島さんも含めて、支配下にいない人達と伊澄さんに群がる人の違い・・その『差』は何でしょうか?」と言った。
「心の強さじゃない?」
神城は少し笑いながら言った。
「心の弱いものが伊澄瑠璃子になびく・・そういうことなのか?」
「たぶん、そうなのよ」と神城は言った。
「どっちがいいのでしょうか? 伊澄さんになびいてしまうのと、無視するのと」
と佐々木奈々は疑問を呈した。
「奈々は、伊澄さんが多くの女子を配下にしようとしていると、決めつけているのね」
僕は込み上げてくる何かの欲情を誤魔化すように、
「いずれにせよ。どうでもいいじゃないか」
僕はそう強く言って
「僕たちは誰の配下にもなってないんだし」と続けた。
そう言った瞬間、心臓がドクンと大きく打った。
そして、
「あら、そうかしら?」
え?
「神城! 今、僕に何か言ったか?」
そう問われた神城は「えっ? 何も言ってないけど」と答えた。
「じゃ、佐々木が言ったのか? 今、『そうかしら』って・・」と佐々木に訊いても「いいえ、何も言ってませんけど・・屑木くんの空耳じゃないですかぁ」と返された。
そっか、空耳か。
そう安心して肩を落とした瞬間、その声は再び聞こえた。
「訊く相手が違うわよ」
今度は、僕の耳元、熱い息がかかるくらいの距離だった。
やはり、誰かいる。
僕は周囲を見渡した。誰もいない。
階段の上を見上げた・・何人か歩いているが、声をかけてきそうな生徒はいない。
更に階段の向こうの二階の窓・・僕の目はそこに吸い寄せられるように向いた。
そこには伊澄瑠璃子がいた。その姿は窓に描かれた絵画のように見えた。
もちろん、この距離だ。はっきり彼女だとは断定できないが、伊澄瑠璃子以外に考えられない。そう思った。
彼女は僕の心に直接話しかけたのだ。
その声は何かの音楽、美しい旋律のようにも聞こえた。
彼女の姿を認識すると同時に彼女の顔から笑みが零れた。が、その姿はすぐに消え去った。
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