第420話 夏の思い出②

 そして、加藤とは全てが初めてだった。

 経緯は捩じれていたが、僕が初めてデートを誘ったのも加藤だったし、初めて女の子と手を繋いだのも加藤だ。映画館では怖いシーンになると腕を掴まれたりした。

 三宮センター街を歩きながら、

「何だか可笑しいね。鈴木と手を繋いで歩くなんて」と加藤は言った。その顔は本当に嬉しそうだった。


 デートの日のことを思い出しながら、加藤の手に目を落としていると、

「鈴木、どうしたの?」加藤が首を傾げていた。

 慌てて僕は「な、何でもないよ」と返して、

「加藤、いいのか、僕と話していて」と訊いた。

 加藤と話すのは楽しいけれど、陸上の女の子たちの様子が気になる。

「かまわないよ」

「でも、みんなには僕の姿は見えていないんだ。このままだと加藤が変人扱いされるぞ」

「じゃあ、私、壁に向かってしゃべっているね」

 加藤はそう言って、その場で軽い柔軟体操を始めた。

「ストレッチをしていたら、変に思われることはないよ」

「そ、そうか。それもそうだな」

 加藤の気持ちが嬉しい。こんな話を聞いても、明るくふるまえる加藤はすごい、と思った。

 でも、

「あ、加藤・・もうその必要はない」

 気がつくと、僕の体は実体化していた。体のゼリー化は終わった。

「え、そうなの? さっきと変わんないよ」

「見える人間にはどちらも同じなんだよ」

 僕がそう言うと、加藤は笑いを堪えるように口を押え「それって、おかしいよ」と笑った。


 加藤がそう言った時、さっきの女の子がまた戻ってきて、

「なあんだ、ゆかり、友だちと話していたのかぁ」と言って、「でも、さっきはいなかったよね」と不思議そうな顔をした。

「うん、さっきは水飲み場の裏にいたんだよ」加藤は変な言い訳をした。

 すると女の子は、「変なのぉ」と呆れ、「早く練習するよ」と促し、去っていった。

「ごめんね、もうちょっと待ってて。ちょっと鈴木と大事な話があって」

 加藤は断りを入れて、僕に向き直った。


「加藤、これで分かっただろう? さっきはあの子に僕の姿は見えていなかった。透明化は約20分で終わるんだ。時間が経ったから、あの子に僕の姿が見えるようになったんだ」

 加藤は「ふーん」と言って、「私、頭が悪いからよくわかんないや」と言った。

 そして、加藤は何かを思い返すような顔をして、

「もしかして、プールで私の体を触ったのも、もしかして、鈴木だったの?」と大きく言った。

 あの時のことか!

「あ、あれは、不可抗力だったんだ」僕は大きく言った。

 まずいっ、まずいぞ、あの話は。


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