第377話 岐路①

◆岐路


 水沢さんは話題を切り替えるように、

「鈴木くん、今日、ゆかりには会った?」と訊いた。

「会ったよ」

 加藤に会ったのは、あまりいい状況とは言えなかった。ほんの数時間前、キリヤマを殴った時だ。その場面を加藤に見られてしまった。透明化していた僕の姿はキリヤマには見えていなかったが、加藤には問題なく見えていた。

「ゆかりから、聞いた?」水沢さんは意味ありげに言った。

「えっ、何を?」

「ゆかり、冬の陸上大会に出るんだって」

 加藤が、陸上に出る?

「水沢さん、ちょっと待って」僕は話を切って、「加藤は陸上部を退部して、今は茶道部じゃないの?」と訊いた。

 加藤から、そう聞いていたが、違ったのか?

 加藤は、足を怪我したのを機に陸上を退部したと言っていた。そして、親が勧める茶道部に入った。けれど茶道部は加藤の本意ではない。加藤が本当にやりたいのは陸上だと聞いている。

 加藤は、「私は茶道なんて柄じゃないんだよ。親が言うから茶道に入部しているだけなんだよ」と言っていた。


 水沢さんは、「ゆかりは、退部は保留にしていたのよ。長期の休部扱いだったみたいよ」と言った。

「私、陸上のことは分からないけれど、怪我が完治してから三か月以上経てば、元のコンディションに戻るそうよ。もちろん、その怪我にもよるし、個人差があるとは言っていたけれど」

 加藤から怪我のことを聞いた時、もうすっかり陸上には未練がないようなことを言っていたけれど、やはり心の底では、そうではなかったのか。

 水沢さんは続けて、

「ゆかり、頑張り屋さんだから、茶道もしながら、陸上のトレーニングもしていたのよ。と言っても、大きな大会に出るつもりはなかったみたい。だけど、後輩たちから陸上の引退記念に出て欲しい、と勧められたらしいわ」

 陸上の引退は実際には三年生の春頃だ。

「予選みたいだけど、ゆかりは勝てるとは思っていないみたい。でもせっかく後輩たちが押してくれているし、それが後輩たちの励みになるのなら、と言っていたわ」

「すごいな。加藤は・・」

 僕が感心したように言うと、

「ゆかりはすごいと思いけど、私には他に、ゆかりの強い思いを感じたの」

「強い思い?」

 僕が訊くと水沢さんはこう言った。

「ゆかりは、見て欲しい人がいる・・そう言っていたわ」

 えっ、加藤が自分の走るところを誰かに見て欲しいって言っているのか。

 その時、加藤が走るところが見えた気がした。完全に回復した健康そのものの足が地面を軽やかに蹴っていく。その表情はいつもの加藤ではない。強い意志を心に秘めたような表情だ。

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