第368話 ヤヨイ④

 先生が「鈴木くんがどうかしたの?」と訊ねると、

「へえ。鈴木くんと言うんだぁ」とニンマリと笑みを浮かべ、「覚えておこうっと」と言った。

 そして、一歩二歩と僕の方に歩み寄り、

「ねえ、鈴木くん。さっきから私から目を逸らしてばかりいるけど」と戒めるように言って、僕を見下ろしたまま、

「私たち、どっかで会わなかったぁ?」とふざけ口調で言った。

 その瞬間、顔が凍りついた気がした。心臓のドキドキが果てしなく続くようだった。

 確かに彼女には会っているが、そんなこと言えるはずもない。

 それに目を合わせなかったことを指摘されたのもドキリとした。まるで自分が小学生の子供になって、歳の離れた大人に注意されたような感覚だった。

 僕は首を左右に振って「いえ」と小さく言った。出来る限り言葉を少なくしたかった。

 落ち着け、落ち着くんだ。

 きっとヤヨイはハッタリをかけているだけなんだ。そう自分に言い聞かせた。

 そんな僕を水沢さんが見ているのが痛いほど伝わってくる。


 ヤヨイは、僕の返事を聞いて、少し「ふっ」と笑った後、

「そっかあ、私の勘違いかあ」とガッカリした声を出し、

つまらなさそうに足元の砂利をかき回しながら、

「ついさっき、会ったと思ったんだけどなあ」とワザとらしく言った。

 ついさっき・・それは、キリヤマを殴った時だ。

 やっぱり、この女、普通じゃない。言葉の一つ一つが人をドキリとさせるナイフのように感じた。

 ヤヨイの言いたいことはそれで終わりかと思っていると、

「それとさあ、その鈴木くんの横の女の子さあ」と水沢さんを指した。

 するとそれまで他に目をやっていた水沢さんはハッと顔を上げた。

 水沢さんの結んだ唇が少し震えている。

「綺麗だけど、ちょっと変わった感じだよね」

 ヤヨイは水沢さんの顔を見据えて言った。

「ちょっと、私の生徒を変な風に言わないでちょうだい!」池永先生は胸を張って言った。

 ヤヨイは池永先生の態度を見てクスクス笑い、

「ほらぁ。やっぱり、先生の生徒さんじゃないのさぁ」ヤヨイは揚げ足を取った。

 先生は、その言葉には何も返さず、

「あなたのお父さんは、もう帰ったの?」と訊いた。

 キリヤマのことだ。

「ええ、夫婦そろって仲良く帰りましたわ」と言って

「こちらの生徒さんにこっぴどくやられましたもの」と大きく言った。まるで僕に聞かせているみたいだ。

「こちらの生徒」というのは大きく生徒全体を指すのだろう。僕だけを特定するものではないはずだ。

 いくら何でも、そこまで見破れるはずがない。

 不安な僕の横顔を水沢さんが見ているのが分かった。

「人聞きの悪いことを言わないでちょうだい」池永先生が怒り口調で言った。

 さっきから先生はボロカスに言われっぱなしだ。

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