第322話 青山先輩と②

 青山先輩がナミたちの話を聞いたりしていると、他の中学生が、青山先輩の容姿を鑑賞しながら、「髪が素敵です!」とか「スタイルが格好いい!」とか口々に囁いている。

 一方、ナミは青山先輩に、

「どうして、今日は兄貴のような人と一緒にいるんですか?」と無邪気に訊いた。

兄貴のような人!

 おいっ! それは残酷な言葉なんだよ。さっきから気にしているのに!

 男子たちに比較されるのも落ち込むが、こうして目の前で、実の妹に異性との比較を持ち出されると更に落ち込むというものだ。


 だが青山先輩はニコリと微笑み、

「君のお兄さんは実に素敵なんだよ」と言った。

「ええっ、そうですかぁ?」ナミは納得できない声を上げる。

 続けて青山先輩は、

「鈴木くんはね、私にとっての『檸檬(れもん)』のような人なんだよ」と言った。

 その顔は素敵な笑顔だ。

「れもん?」とナミは言った。

 おそらく、青山先輩は青山邸で、僕たちが交際宣言のような嘘の芝居をした事を言ったつもりなのだろう。

 確かにあの時の僕は、格式高い青山邸に投げ込んだ一個のレモンのようなものだったのかもしれない。

 ナミたちは「へえぇ」と適当に相づちを打っているが、多分、絶対に意味が分からないし、わが文芸部員の中でも意味不明の言葉だ。


 ナミたちはきれいに完食すると、「ごちそうさまでした!」と声を揃えて言って、「じゃあ、兄貴、講堂の方に行ってみるね」と言って立ち上がった。

 そして、僕の耳元に顔を寄せ、「兄貴、頑張んなよ。応援してるからさっ!」と言った。

「おいっ!」青山先輩とはそんなんじゃないんだ。

 後でナミに言っとかないとな。いつまでもからかわれる可能性がある。


 青山先輩は、ナミたちを目で見送りながら優しい笑みを浮かべている。そして、振り返ると、「妹さん・・ナミちゃん、可愛いじゃないか!」と絶賛した。

「ありがとうございます」と言うのも恥ずかしいので、苦笑だけに留めた。

 その後、青山先輩とコーラス部の合唱を見に行ったり、続いて軽音楽部の演奏を聴いたりした。どこも人で一杯だ。

 再び、賑やかな校庭に戻ると、

 小清水さんと仲良く歩いている和田くんがいた。

 和田くんは僕を見つけると、小清水さんをその場に置くようにして寄ってきた。

 小清水さんは僕たちを見つけると、戸惑いの表情を浮かべながら小さく手を振った。

「鈴木くん、ちょっといいかな?」

 和田くんが青山先輩そっちのけで言った。

「どうしたんだ?」

 何か相談事なのか? 和田くんは念願の小清水さんと二人きりで言うことなしじゃないのか? 一緒に学祭を楽しむのは、デートとまではいかないが、同じような状況だ。

 そう思っていると和田くんは、

「小清水さんと何を話していいか分からないんだ」とまるで大事なことでも打ち明けるように言った。

 何だよそれは! と思ったが、そう言えば、二人がサークルの外で話しているのを見たことがなかった。

 僕は、「喫茶店で話すわけじゃないんだから、そんなに意識しなくてもいいと思うぞ」と言った。「適当に音楽の話をしたり、模擬店で何かを食べて、美味しいねと言ったりして時間を過ごせばいいんじゃないのか」

「でも、意識しないと、小清水さんに悪いじゃないか」と和田くんは言った。

 和田くんなりのこだわりなのか。不要なこだわりだと思うけどな。


 僕は、話を聞いていない振りをしている青山先輩をチラチラと見ながら、

「僕だって、青山先輩とそんなに話はしてはいないよ」と言った。

すると和田くんは、

「えっ、青山先輩のような美女といて、鈴木くんは何も話していないの?」

 おいっ、色んな人を傷つけるような発言だな!

 もうっ、面倒臭い!

「だから、適当に、模擬店や音楽を・・」

 と僕が言いかけると和田くんは、僕の口を遮るようにして、

「でも、音楽のバンドは下手くそな演奏だし、焼きそばは、すごく不味いんだ。あんなのとても食えたもんじゃないよ!」不平不満を言った。

 何だよ、それは! 

「だったら、そんな話を小清水さんと話せばいいじゃないか」

 僕が投げやりに言うと、和田くんは、

「そもそも僕が好きなのは、今の小清水さんではなくて、不良っぽい小清水さんなんだ」

 そうだったな。忘れていたよ。和田くんが小清水さんを好きになったきっかけは、ゲームセンターで小清水さんの多重人格の一人ヒカルに出会ったことだった。

「そんなことを僕に言われてもだな」


 和田くんと押し問答を繰り返していると、

 青山先輩が急に和田くんに向き直り、

「別に話さなくてもいいではないか、無言でもいいではないか」と諭すように言った。

 和田くんは、青山先輩の言うことなら聞くのか、

「話さなくてもいいんですね!」と大きく納得した声を上げた。

「さあ、早く沙希ちゃんの元に行ってきたまえ!」青山先輩は思いっ切り男性口調で言った。何か格好いいな。

 僕として和田くんに言えることは一つだけだ。

「好きな人を一人きりにさせるなよ」

 僕の言った言葉が聞こえたのかどうか分からないが、和田くんは小清水さんの元へと走った。

「和田くんは面白い子だな」と青山先輩が言った。

「そうですね」と僕は合わせた。

「ああいう子を純粋な子、って言うのだろうな」

 更に、青山先輩は、二人が雑踏に消えていくのを見守りながら、「いいな、若いっていうのは・・」と感慨深く言った。

「先輩も充分若いですよ」年齢は一つしか変わらない。

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