第271話 光②-2
「あれえっ、鈴木くんに、加藤ちゃんじゃない?」
薄暗がりの川辺に現れたのは、池永かおり先生だった。その出で立ちは、まだ真夏モード全開だ。秋なのに派手なショートパンツに薄手のTシャツ。先生の中ではまだ夏は終わっていないようだ。
「池永先生」
加藤はそう応えて、池永先生の格好を上から下へとチェックした。
そして、僕をチラリと見て、「先生の服装、花火大会のまんまだね」という顔をした。
僕は苦笑した。
「え、二人とも、何々? 私の顔に何かついている?」
「先生。そんな恰好で学校を出入りしているんですか?」僕が訊くと、
「ええっ、私、いったんは家に帰って、出直してきているのよぉ。夕飯の買い出しにスーパーに行くところなのよ」と笑った。
そして、
「鈴木くん。私が『そんな恰好』って、このパンツのこと?」
「はい、そのド派手なパンツのことです」僕はそう言って、「先生、夏はもう終わっています」と続けた。
ところが先生は「ふふっ」と不敵な笑みを浮かべ、
「私の中では、まだ夏は終わっていないのよっ!」声高らかに言った。
先生のファッションに惹かれて、声をかけてくる男にロクな奴はいないような気がする。
あまり、相手をしない方がいい。おそらく加藤もそう思っているのか、目で合図された。
自然な流れで立ち話が始まった。
「二人とも、今、帰りなの? もう遅い時間よ」
「偶然、同じ喫茶店で一緒になって、帰るところなんです」加藤が先に言った。
池永先生は「ふむふむ」と頷き、
「二人で文学について、語っていたとか?」と訊いた。
「どうして、そう思うんですか?」と加藤が訊き返した。
「私ねえ、こう見えても文芸部の顧問なのよぉ」
「知ってます」加藤はそう言って、小さく「信じられませんけど」と言った。
「合宿で、色々と読まされたわよぉ、漱石さんとか、他色々と」
読まされたって・・無理無理だったんだな。他の作家名は忘れてるし。
池永先生は僕と加藤を改めて眺め、
「あれえっ、二人って、もしかして付き合っていた?」と訊いた。
「ち、違います!」加藤が顔を真っ赤にして猛否定した。
その言葉を聞いているのか聞いていないのか、
「いやあよ。私より先に進んだりしちゃあ」と冷やかすように言った後、
「でもねえ・・二人があんまり仲がいいと、速水ちゃんが妬いちゃうかもね」と言った。
「ちょっ、待ってください、先生! 誤解しないでください。本当に鈴木とはそんなんじゃないんですよ」
加藤は再度強く否定して、「鈴木には振られたんだから」と小さく言った。
「あれ、加藤ちゃんって、噂で聞いたけど、あの美男子の佐藤くんが好きじゃなかったっけ」
そもそも加藤との馴れ初めは、あの美男子の佐藤にあった。
加藤は「ああ、そんなこともあったな」という顔をした後、
「私、佐藤くんにも振られたんです!」加藤は半分自棄になったように言った。
池永先生はそれについては返さず、
「二人とも、若いうちに遊んどきなさいよ」と言った。
「先生も若いじゃないですか?」僕が言うと、
先生は、「もちろん、私も若いわよ」と言って、「だから、もっと遊ぶわよ」と続けた。
なぜか、その言葉に虚しさを感じるのは、気のせいか?
池永先生は、お洒落な腕時計を見て、「あら、もうこんな時間」と呟き、
「じゃ、私、そろそろ」と言った後、
「ゆかりちゃん、たまには読書会に遊びに来てよね」と誘いの言葉をかけた。
「私、参加しますよ」
「そう・・あの誰かさんの『雪国』のね」
「誰かさんじゃなくて、川端康成ですよ。ノーベル賞作家の・・」
先生は聞いていない。
「私も年内に彼氏を作るわよっ!」
なぜか誇らしげに宣言するかのような池永先生。
加藤は、「じゃ、ごゆっくり、買い物をしてきてください」と急き立てるように言った。
池永先生は、「買い物」という言葉で何かを思い出したように。
「そうそう、昨日だったけかな。スーパーで速水ちゃんを見かけたわ」
「速水部長を見た?」ドキッとして声が自然と大きくなった。
「一人で買い物をしていたんですか?」と加藤が訊いた。
「違うわよ。二人でお買い物よ」
まさか・・キリヤマ、いや、違う。母親か?
「あの人・・一度会ったことがあるけれど、お姉さんよ。義理のね」
随分前、速水さんが身の上話をした時、あの暴力男のキリヤマには連れ子がいる、と言っていた。義理の姉と買い物をしていたということか。
僕は何かの問題が解決したかのように胸を撫で下ろした。
だが、よく考えれば、キリヤマの連れ子と買い物をしていたということは、当然ながら、自分の母親はもちろん、養父のキリヤマも一緒に住んでいるということだ。
速水沙織の辛さが、伝わってくるようだっった。
「彼女も色々とあるからねえ。大変よ」池永先生はそう言って、
「じゃあね、お二人さん」と手を上げ、川上へと去っていった。
僕は先生の方を見ていなかった。
速水沙織が、今、どんな生活を送っているのか、そこに思考が及んでいた。
加藤が、僕を現実に戻すように、「鈴木、私たちも帰ろっか?」さりげなく声をかけた。
僕はコクリと頷いたが、加藤がずっと僕の表情を盗み見ているのが分かった。
やがて、遊歩道の終了地点が見えると、加藤とはお別れだと思った。川辺の階段を上がると、そこから加藤とは別方向だ。
別れ際、加藤は改めて僕に向き直ると、
「やっぱり、鈴木は鈴木だね、今はハッキリと見えるよ」と笑った。
「当り前だ。いくら影が薄くても、目の前から消えたりはしないよ」
僕は冗談とも本気ともつかない言葉を返した。
「じゃあね、鈴木。また学校で」加藤は手を振って別れを告げた。
僕は家路につくと、
「加藤、ありがとう」そして、「ごめんな」と、心の中で言った。
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