第203話 嬉しい時の心の暴発②-2
「私にはこんなことが考えられるの」と速水さんは真顔になり、「沙希さんの別人格・・えっと名前はなんと言ったかしら?」
「ヒカルとミズキだよ」
「そのヒカルさんとミズキさんが、誰かを好きになることは考えられないかしら?」
「ややこしい話だな。別に、みんなが同じ人を好きになれば問題ないんじゃないか?」
僕がそう言うと速水さんは、
「・・だといいのだけれど、ヒカルさんやミズキさん・・そして、沙希さん・・他の人格が別々の人を好きになることも十分に考えられるわ」と言った。
それもありうるが、そんなことを二人で考えてもしようがない。
僕がそう言うと、速水さんは「それもそうね」と言って、
「ところで、鈴木くん、今日は何をしにここへ来たの?」と訊いた。「何か、他にも私に話があったのではないの?」
そう・・僕の話は小清水沙希の話ではなかった。もちろん心の暴発の話でもない。
加藤ゆかりのことだ。デートの約束のことだった。
デートの件は加藤に口止めされているわけでもない。妹にも話した。
他の誰にも言うつもりはない。
だが、速水沙織には話しておきたい・・そう思ったからここに来た。
それを報告することで速水沙織が傷ついてもいい。とにかく話したかった。
デート・・それは僕にとってこれまでの人生の一大イベントだからだ。
僕は一時的にしろ、目の前が見えなくなっている。間違った方向に進みたくない。自分の進むべき道を確認する意味でも速水さんに話しておきたかった。
・・僕は心のどこかで、速水沙織を信頼している。
それはどうしてなのだろう?
「そんなわけだよ」
僕は加藤ゆかりとデートすることになった経緯を説明した。
佐藤と山根いずみの話はせず、図書館で加藤と水沢さんに出会ったオープンテラスで透明になったことから話した。
速水さんは話の途中・・「やっぱり、水沢純子の前で透明になるのは危険ね」と言った。
話し終えると、
「あら、そんなことを、この私に報告?」と速水さんは呆れたように言った。
「速水さんには聞いて欲しかったんだよ」
僕がそう言うと、嬉しいのか、そうでもないのか、変な笑顔を浮かべた後、
「お二人・・お似合いかもしれないわね」と評価するように言った。
「妹と同じことを」
妹のナミもそう言っていた。
「あら、私、特別おかしなことも言っていないつもりよ。体育会系の加藤さんと、思いっきり文化系の鈴木くん。すごくお似合いだと思うわ」
「思いっ切り文化系っていう言葉が気に入らない。それに言葉に無理があるように聞こえる」と僕が言うと、
「お互いに足りない部分を補うカップルもいいと思うわよ」と断定した。
「そう言われると、なんだかイヤな気分になる」
「うふっ、私・・さっきから、そんなつもりで言っているのよ」
速水さん一流の皮肉かよ! 速水さんの言葉によるイジメだ。
「それより、私が気になったのは、加藤さんにデートを申し込んだきっかけが、鈴木くんの元初恋のお相手の人が現れたこと・・ってのが面白いわね。とても鈴木くんらしいわ」と速水さんは言った。「鈴木くんらしくて、笑ってしまうわ」
速水さんはそう言って、口元に手を当て笑いを堪える仕草をした。すごくワザとらしい。
そんな速水さんを前にして僕はこう思っていた。
速水沙織との会話は、楽しい・・それに興味深い話も聞ける。
けれど・・僕は加藤ゆかりと、何の話をすればいいんだ?
思い浮かばない・・
そして、帰り際・・最後に速水沙織はこう言った。
「鈴木くん・・これは私の忠告なのだけれど」と前置きし、
「鈴木くんの想い焦がれる女性・・水沢純子の前で、透明にならないこと・・それだけは言っておくわ」と強く言った。
「水沢さんの前で?」
加藤ゆかりや、小清水さんの前ではなく?
「ええ、水沢さんの前よ」と言って「若しくは・・鈴木くんの中学時代の初恋の相手の前で」と続けた。
「どうして?」
「鈴木くんの心の暴発の可能性があるからよ」
速水沙織はそう言った。
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