第199話 それは何の感情なのか?②

 だがな、佐藤・・僕が底辺の人間でも、

 加藤ゆかりはそうじゃない。

 お前なんかに悪口を言われる女の子じゃない。彼女は一生懸命なんだ。


「加藤を・・バカにするな」僕は小さく言った。

 佐藤は「何か言ったか?」と訊いた。

 そう言った佐藤に僕は、

「加藤ゆかりをバカにするなよっ!」と大声で言った。

 佐藤は僕の大きな声に周囲の視線を気にしながら、

「なんだよ、鈴木は水沢さんがタイプなんだろ?」と言った。

 確かに、佐藤には以前そう言ったことがある。

 しかし、問題はそんな話ではない。

「そうだよ・・僕は水沢さんのような女の子が好きだ」

 僕は正直に言った。

 そう言った僕に佐藤は、

「だったら、他の女の子の悪口を少しくらい言ったっていいじゃないか」と言った。

 だから、そう言う問題じゃない。


 僕の剣幕顔を見ながら佐藤は、

「なんだよ、鈴木、お前、あの加藤が好きなのか?」と言った。

 加藤が好き?・・

 そうじゃない。少なくとも、僕が好きなのは、水沢純子だ。

 もしくは、未だに僕の心の奥底に沈み込んでいる石山純子だ。

 僕は加藤ゆかりに恋心を抱いたことはない。

 しかし、僕は加藤のことを「好き」なのではないだろうか?

 それは、友人としてなのか、女の子としてなのか。

 それとも、佐藤にひどい事を言われている加藤にただ同情しているのか。


 僕にはまだ分からない。

 けれど、今、一つだけわかることがある。

 だから、僕は佐藤にこう言った。

「あのさあ、佐藤・・さっき帰った山野いずみと、佐藤のお二人は、お似合いだと思うけどな」

 僕が皮肉っぽく言うと、佐藤の顔色が変わった。それは言われたくない言葉だと理解した。

 佐藤にとってさっきの山野いずみは、どうでもいい存在。

 ただ、一人で歩くのがイヤだから、お飾り程度に連れ合う存在。

 つまりは、佐藤にとって、山野いずみと僕は同じレベルの人間だ。


 そう思ってる佐藤にとって、山野いずみと同類だと言われることは、最も傷つく言葉なのかもしれない。

 それは、僕と佐藤が、周りから「類は友を呼ぶ」と言われても気分を害するのと同じだ。


「おい、鈴木! 俺と山野が、どうしてお似合いなんだよ。説明しろ」

 佐藤が激しく抗議した。

「だってさ。二人とも、本当の友達が出来そうにもない・・そこが似ているよ」と僕は言って、「お似合いじゃなく、似ている、だ」と訂正した。

 僕が何をどう言っても佐藤の怒りは治まらないらしく、

「山野いずみには、友達がいないかもしれないが、俺は大勢いるぜ。鈴木に言われなくても」と自慢するように言った。


「それなら、別にいいじゃないか。僕が言ったのは戯言とでも思っていてくれ」

 僕にそう言われた佐藤は、虚勢を張っていたのが、力が抜けたようになり、

「鈴木は何が言いたいんだ? 俺には分からない」

 そう言った佐藤に、

「だったら、言おうか」と僕は言った。

「え?」

「僕のいない所で、僕や加藤の悪口を言いまくっていただろ」

 佐藤の顏が固まる。

「他にも・・僕のことを『便利』で、『引き立て役』だとか、言ったよな」

 僕がそう言うと、

「鈴木・・おまえ、それ・・」

 どこで聞いた? どうして知っている?・・と、言いたいのだろう。

「それに加藤のことも、『あんな女に告白されるって思わなかったよ』・・とか、言ってたよな」

 佐藤は運動場のベンチで他の奴らにそう言っていた。

 全て、僕が透明化している時に佐藤が言っていたセリフだ。


「鈴木・・い、いつ、どこで聞いていたんだ?」

 佐藤の顔が慌てた表情となった。今までに見たことのない顔だった。けむに巻かれたようだ。


 佐藤は開き直って、

「少なくとも、俺は、鈴木のような存在感のない人間じゃない」と言った。

 他に言葉が見つからなかったのだろう。

「人のことを、そんな風にしか言えないんだな」

「え?」

「佐藤・・それが、お前の正体だよ」

「どういう意味だ?」

「人間が軽い・・」と僕は言った。

 ついに言ってやった。どんな言葉が佐藤に相応しいか、考えていたが、とりあえずそう言ってやった。

 バンッ、と佐藤はテーブルを叩いた。怒りの矛先が見つからなかったのだろう。

 佐藤の肩が震えているのが分かった。おそらく僕のようなレベルの人間に言われたことが腹立たしいのだろう。

 そして・・佐藤は言い返さなかった。

 その後、会話が続くわけもなく、お互いに気分が悪くなったティータイムは終わった。

 もう佐藤とはこうして話すこともないだろう。


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