第192話 告白の行方②

 僕は「水沢さん」と呼びかけ、

「違うと思うよ。誰かを好きなのと、誰かを気遣うのとは・・」と言った。

 僕が加藤や小清水さんを思うのは、ただの思いやりで、水沢さんを思うのは、恋だ。

 一時的な思いやりは途切れるかもしれないが、

 恋は・・ずっと続く。


 僕は、水沢さんが、君が好きだ!

 僕が繰り返し、そう心に刻み込むように言った。

 僕は、中学三年の時、石山純子を好きになった。けれど、今はその時以上に、君のことが好きだ。水沢さんが好きだ。

 水沢さんは以前、この同じ場所で、「鈴木くんだけが私を見ていない」と言った。そんなことはない、僕だけが君を見ている。ずっと。


 そんな僕の張り裂けそうな心を、更に打ち破るように、

 その言葉は、僕に届いた。

「私・・好きな人がいるの」

 ええっ!

 その言葉は、水沢さんから発せられたものだった。僅か、10文字程度の言葉。

 水沢純子には好きな人がいる・・

 簡潔明瞭なきれいな言葉だった。けれど、そんな簡単な言葉で人は傷つく。


「と、当然だよな・・水沢さんはすごく魅力的だし」あまり言葉を続けられなかった。

 すると、間髪入れず加藤が、

「純子・・それ、嘘だよね」と言った。「私、そんなの聞いたことがないし」

 え? どういう意味だ。

 水沢さん沈黙を保っている。

 しかし、いくら親友だからといっても、水沢さんが加藤に言っていない場合だってありうる。

 それに、そんな話・・これ以上、聞きたくない。


 だから僕は、

「加藤、もういいじゃないか。水沢さんだって、いくら加藤が友達だからって、言いたくないこともあると思う」と強く言った。

 本当は、水沢さんの次の言葉を聞きたくなかった。それで、僕は水沢さんの次の言葉を防ぐように加藤を戒めた。加藤、ごめん。


 加藤はそう言った僕を見て、次に水沢さんの方を向いて、

「だったら、純子・・私、鈴木とつき合っていい?」と言った。

 えっ? 加藤は何を言っているんだ?

 どういうことだよ、加藤!

 加藤にそう言われた方の水沢さんも戸惑いの表情を見せたが、すぐに平静を取り戻し、

「ゆかりは、すぐに好きな相手が変わるのね」と言った。

 水沢さんに指摘されるのも無理はない。

 加藤は、あの佐藤が好きだった。そもそも僕が加藤とよく話すようになったきっかけは、加藤に胸の内を告白された時からだ。


 水沢さんに指摘された加藤は、「あははっ」と笑って、「そんなこともあったね」と言った。

 加藤はふざけているのか。

 加藤は笑い終えた後、「でも今は・・鈴木が好き」と強く言った。

 それって、つまり、僕への告白なのか?

「加藤・・お前、いきなり何を言っているんだ。冗談もたいがいに・・」

 このままでは、水沢さんに想いを届けるどころか、話が反対方向に捻じれてしまう。

 確かに、妹のナミは加藤の方が僕に相応しいとか、言っていたが、他人から見て、似合っているかどうかは、恋心とは別問題だ。


「いいわよ」

 そう言ったのは水沢純子だった。綺麗な声だった。真夏の中に涼しい風が吹くような声だった。

「いいわよ」というのは、加藤が僕とつき合うことを水沢さんなりに認めた・・そう言うことなのか。

 そんなの、絶対に認められるわけがない。 

「加藤、ちょっと待ってくれ・・いきなりそんなことを言われても」

 加藤は、慌てだす僕の顔を見て少し笑って、

「とりあえず、一回だけデートをしてよ」と言った。「そんなに深く考えなくてもいいからさ」

 深く考えなくていい、と言われても。


 返事に窮していると、水沢さんがすっと立ち上がった。

「私、自習室に戻るわ」

 おそらく水沢さんは怒っている。加藤に対しても、意味不明の言葉を並べ立てるだけの僕に対しても。

 僕は、立ち上がった水沢さんをただ見上げるだけだった。

 ああ、恋をしていても、こんな時にかける言葉ってないものなんだな。

 僕も声をかけることが出来ず、加藤も何も言わず、ただ二人とも水沢さんを見送るだけだった。

 閲覧室の方に消えたポニーテールの水沢さんの後ろ姿は、なぜか寂しそうに見えた。


 そんな水沢さんを見て、僕は思い出していた。加藤が部室に来た時、言っていた言葉。

「純子は、誰も好きにならないと思うよ」

 水沢さんは人の心が入り込んで来る特異な体質を持っている。そんな力を持っている故に人を好きになりたくても、できないでいる。


 その時、僕は気がついた。

 水沢さんが「好きな人がいる」と言ったこと・・それは、やはり嘘なのではないだろうか。

 ここからは、あくまでも僕の推測だ。

 ・・水沢さんは加藤の心を読んだ。

 加藤が僕を好きだという心を。

 そして、水沢さんはさっきの嘘をついた・・「好きな人がいる」と。

 それは、加藤を踏み出させるために。

 だが、加藤の方は・・加藤の真意は何なんだ?

 まさか、加藤は、水沢さんと同じように・・・

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