第157話 会話ってそんなに大事?②

 速水さんはそんな先生には目もくれず、僕に向き直って、

「その頃から、鈴木くんは影が薄かったのかのかしら?」と皮肉たっぷりに言った。

 元の調子に戻りつつある速水さん。

 僕が強く「ああ、そうだよ。影が薄いのは元々だ」と言うと、和田くんが手を挙げ「あのお、僕も影が薄いってよく言われます」と言った。

 小清水さんがくすっと笑って「ごめんなさい」とすぐに謝った。

 小清水さん、今の笑いは僕と和田くん・・どっちに対してなんだ?


「私なら、告白をされたらまずは話を聞いてみるけれど」

 青山先輩は突然そう言った。

 僕は「それは青山先輩だからですよ」と答えた。

 青山先輩は「君、それはどういう意味だ?」と強く言った。

 僕は「青山先輩は寛容そうだから」と答えた。

 小清水さんも「私も、まずお話は聞いてみますよ」と青山先輩に同調した。

 そう言った小清水さんに対して速水さんが、

「沙希さんの場合は、その相手が鈴木くんだからでしょ」と言った。

「ち、違いますよっ」

 小清水さんが慌てたように否定すると、速水さんは「沙希さんは相手が和田くんでも話を聞くかしら?」と投げかけた。

 小清水さんは「も、もちろんですよ」と笑顔を見せた。

 案の定、和田くんが即、反応し「こ、小清水さん。本当ですか?」と訊いた。

 仏の小清水さんは「はい、お聞ききしますよ」と丁寧に答えた。

 少し脈があるぞ、和田くん。


 そんな様子を見ていた青山先輩が突然、小清水さんに、

「沙希ちゃんが好きなのは、鈴木くんなんだろう・・そうじゃないのかな?」と大胆なことを言った。

 池永先生が「ぷっ」と吹き出し、和田くんは目を丸くした。

 何よりその発言に驚いていたのは当の小清水さんで、真っ赤な顔になって俯いた。


 そこへ速水さんが注意喚起するように「ちょっと灯里さん」と大きく呼んで、

「灯里さん、よく日に焼けたわね」と話を別方向にそらした。

 小清水さんが僕のことを?

 思い当たる節がないこともないが・・小清水さんのような可憐な少女がこんな僕に想いを寄せるわけがない。


 青山先輩は速水さんの意を解したらしく別の話に持っていこうと次に、

「それと・・気になったのだけど、さっきの柄の悪い男が、沙織のことを、『消えるんじゃないだろうな』と言っていたが・・・『消える』とは何のことだ?」とまた禁句のようなセリフを吐いた。

 今度は僕がメロンソーダを吹き出しそうになった。

 焦った僕は、

「あ、青山先輩、『消える』って・・よく言うじゃないですか・・どこかに消え去った・・とか」と必死で説明した。

 青山先輩は僕の話を聞くと気難しい顔で、

「いや、君の言いたいことはわかるのだが、私はなぜ、君がそこまで必死な顔で説明するのか・・その本位を分かりかねるよ」ともはや男口調以上の語りで言った。


 そこへ速水さんの助け舟。

「灯里さん。これ以上、鈴木くんに難しい話をしない方がいいわ。彼は苦手みたいだから」

 あんまり助け舟じゃないな。ちょっとひどい言い方だ。

 いずれにせよ、それで、この話は終了。

 速水部長が元の「告白する前に会話は必要なのか?」の話題に戻した。


 小清水さんは「鈴木くんは、その初恋の彼女さんと少しでも話せたら、また違ったかも」と言った。

 僕は「そんな機会はなかった。狭い教室の中なのに、すごく遠い存在だった」と答えた。

「君はそのあと、その初恋の女の子と、もう話すことはなかったのかな?」

 青山先輩の男口調が僕の心に深く突き刺さる。

 

 あの後のことは速水沙織も知らない。

 あの夜、公衆電話で告白をしたのは冬休み前だった。

 ただ、あの後、学校に行くのは・・辛すぎた。思い出したくないほどに・・

 僕の予想した通り、石山純子はクラスの広報部員のような東田英美に僕の電話告白をきっちり報告していたからだ。

 東田英美は皆の前で公言することはしなかったが、あちこちで他の女子集団に行っては「鈴木くんって、純子ちゃんの家に電話したんだって。バッカじゃない?」と言っているのがわかった。

 授業にも身が入らず、最悪の状態だった。クラスの全員が僕の顔を見ている、そんな気がした。教室を出ても視線を感じるし、目を瞑っても視線が刺さるようにして入ってくる。

 東田英美の話に、辺りの女子が吹き出すように笑ったり、くすくす笑いを堪えたあと、大きく笑っている子もいたりした。

 要するに僕はクラス中の笑い者だ。

 ある日など、普段話したこともない体育会系の男子が僕の肩をポンと叩き、

「鈴木の勇気には恐れ入るよ」と変な褒め方をしたり、他の男子もそれに合わせて「本当だ。僕にもそんな勇気を分けて欲しいよ」と言って大きく笑ったりした。


 僕は気づいていなかった。

 石山純子は、かなり上位クラスの高嶺の花だったのだ。

 僕のような低レベルの人間が想いを打ち明けてはいけない存在だったのだ。

 僕は大きな勘違いをしていたのだと思う。

 僕には初めて出会った時の彼女の可憐なイメージしかなかった。それ以外の石山純子の素顔なんて全く知らかなったのだ。

 中学の終わり・・卒業式まで心が沈んでいた。

 そんな精神状態で現在の高校に入れたこと自体が奇跡にも思える。

 

 青山先輩の「それから君はもう初恋の子と話すことはなかったのか?」の問いに僕は、

「あれっきり、僕は彼女とは話してないです」と答えた。

 話していないが、あれから彼女の姿を見たこともあるし、声を聞いたこともあった。

 僕の言う意味は「石山純子と会話をしていない」・・という意味だ。


 和田くんが、

「鈴木くん、学校に行き辛かったんじゃないの?」と同情するように訊ねた。

 僕は「すごく」と答えた。

 経験のない和田くんにはわからない。僕はそんな経験をしている分、和田くんよりは精神的に強くなったのだろうか? けれど、そんな強さは必要なのか? 僕はそんな経験をしたくはなかった。そんな経験よりも石山純子と話がしたかった。


 メロンソーダを飲み終えた僕は、

「学校に行くのが辛いと言っても、中学三年の3学期なんてあっという間に終わったよ」と言った。長く感じても過ぎればあっと言う間だ。

 池永先生が「そうね。三年生の三学期はなんだかんだと言ってもすぐ終わるよね」と教師らしいセリフを述べた。

 速水さんはそんな僕たちの様子を見て、

「絶望に打ちひしがれた鈴木くんは、高校に入っても、ずっとその子のことを思っていたのね」とやや皮肉口調で言った。

 僕は「そうだけど」と言って、

「もういい加減、僕の話はやめようよ」と話題の流れを強く切った。


 僕にはそれからのことを考える気は起きなかった。中学を卒業して高校二年までの間のこと。つまり、今の水沢純子の姿を見るまでのことは考えたくない。


 その後、解散となったが、

 誰も小清水さんの豹変した人格のことについては触れなかった。

 それは、事情を知らない青山先輩や和田くんがそのことに触れそうになると、速水さんや池永先生が話題を切って、何とか誤魔化していたからだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る