第155話 それぞれの心の暴発③

 いつもの仏の小清水さんの顔を間近に見た僕は、慌てて小清水さんの体から離れ「ご、ごめん。小清水さん」と謝り「小清水さんが倒れそうだったから」と適当な説明をして謝った。

 小清水さんは真っ赤な顔をしていたが、一応納得はしたように見えた。


 それより、部員たちの方は騙せない。

 周りをみると、サークルメンバーがぽかんとした表情で僕たちを見ているのがわかった。

 僕が小清水さんに対してとった行動は、あとでちゃんと説明しないといけないな。


 そんな様子を見てキリヤマは、

「なんだ、お前ら、頭がおかしいんじゃねえのか」と言った。

 そんなキリヤマに僕は、

「ああ、確かにおかしい・・僕たちはみんなどっかがおかしいんだよ」

 本当に僕たちはどこかおかしい。

 僕はキリヤマに言ってはいるが、部員のみんなに言っている。そんな気がした。


 キリヤマは「お前らのことなんかどうでもいいんだ」と言って速水さんに「さおり、はやく、行こうぜ」と荒っぽく言った。

 すると、

 速水さんは両手を真っ直ぐ前に上げ、前方のキリヤマに差し出した。

 そして、

「さあ、私を好きにしたいのなら、この腕に手錠をかけなさいよ。前みたいに私を手錠で拘束して好きにすればいいんだわ」

 激しい口調で速水さんはまくし立てた。

 青山先輩が「沙織は、この男にそんなことをされていたのか」と驚きの声を上げた。

 元に戻った小清水さんは、顔を引き攣らせ、「ひどい。速水部長にそんなことを」と言った。


 速水さんは続けて、

「そうよ。この男は、私を手錠で拘束して、無理にいろんなことをしたわ。そうよね。キリヤマ!」と強く言った。

 無理矢理にされた。

 速水さんは本当はこんなことは言いたくないのだと思う。女の子なら誰だって言いたくない。

 しかし、今は後ろに僕たちがいる。

 あの踏切前の速水さんには僕しかいなかった。けれど、今は違う。速水さんの言葉はみんなが受け止めてくれる。


 池永先生が「キリヤマさん」と呼び「あなたのしていたこと、今していることは犯罪なのよ」と周囲に聞こえるよう大きく言った。

 見物客も多くなってきたのを見て、

キリヤマは「ちっ、白けたな」と言って、僕たちの横を抜けて行った。

 

 あの時と同じだ。

 これからも速水沙織は、こんな環境を背負い続けなければならない。あの男には又どこかで出会うかもしれない。

 キリヤマが速水さんを執拗に付け狙うように固守しているのはなぜだかはわからない。

 いずれにせよ、

 あの時と違うのは、速水さんには、僕たちがついているということだ。


 青山先輩がくすっと笑って、僕に、

「さっきの君のとった行動・・本当におかしかったよ」と言った。そして、

「けっこう君は大胆なんだな」と言った。

 小清水さんは何のことかわからず、「鈴木くん。さっき何があったんですか」と訊いた。

 池永先生は、「沙希ちゃんは知らない方がいいかも」とごまかし笑いをし、僕に向き直って、

「でも、鈴木くん。危ないことはしちゃいけないわよ」と言った。

 そんな池永先生の教師らしい発言に僕は「すみません」と気持ちよく謝った。


 そして、速水さんはみんなに向かって、

「本当にごめんなさい。合宿、海水浴の最後に、みんなをこんな目に合わせてしまって」と今にもすすり上げそうな声で言った。

 

 速水さんは謝る必要なんてないと思う・・そんな僕の声は外に出ていた。

 小清水さんが「速水部長、鈴木くんの言うとおりですよ」と笑顔を見せ、

「いつもの速水ちゃんらしくないわよ」と池永先生が言った。

 青山先輩も「そうだな、沙織らしくないな」と優しく同意した。


 その後、速水沙織はその場に泣き崩れたが、速水さんを誰も責めはせず、

 青山先輩が速水さんを優しく抱き起した。

 起こされた速水さんは、青山先輩のことを「ごめんなさい。灯里さん」と言った。

 青山先輩のことを「青山さん」と呼ばずに昔呼んでいた「灯里さん」という呼称で言った。

 同時に青山先輩の顔に笑顔が溢れた。

 どんな悪いことにも、一つくらいは良いことがある・・そう思った。 


 この場を退避していた和田くんが戻ってきて「ごめん。僕、怖くて」としきりに謝った。

 そんな和田くんを誰もとがめなかった。そんなものだ。誰だってあんな男は怖いし、関わりたくない。

 その場にいた僕たちの方がどうかしていたのかもしれない。


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