第153話 それぞれの心の暴発①

◆それぞれの心の暴発


 僕の後ろには速水沙織、池永先生、小清水さんに青山先輩、そして、逃げる準備をしている和田くん。そして、僕の真ん前には、ごろつきのようなキリヤマと言う男。

 速水さん曰く、キリヤマは速水沙織の養父。今は一緒に住んでいないということだ。


 この男の顔を見た瞬間、僕は全部思い出した。

 当時、眼鏡をかけていなかった速水沙織、暗がりの中で顔はわからなかったが、この男の人相ははっきりと憶えている。まるで、この世の悪、そのもののような顔だ。


 速水沙織の体が、透明化するという特殊な体質になったのはこの男のせいだ。

 速水さんは毎日、「消えてしまいたい」そう思い続ける日々を送っていた。

 あの廃墟となった速水邸で、彼女から聞いたこと。手錠をかけられた速水さんから聞いた話。

 速水さんは母親、そして、この男の前で願った。

「こんな私なんか、消えて、いなくなればいい」そう速水さんは願った。

 そして、能動的透明化は成功し、その代償として、二人に「化け物」と呼ばれた。

 全ての原因がお前だ。

 あの初恋の日々、傷ついた僕以上に、ぼろぼろの速水沙織に出会ったのは、何かの運命だった気がする。


 速水さんが「行きましょう」と、キリヤマを無視してこの場から立ち去ろうと皆を促した。

 池永先生も「その方がいいわね」と同調した。「今はあの人は、速水さんとは関係ないもの」と池永先生は強く言った。


「おい、さおり、待ちなよ。グラマー先生も」

 キリヤマは速水さんと先生を品のない声で呼び止めた。

 その声を聞くなり、池永先生は僕たちに向かって、

「あなたたちは、先に先生の車・・駐車場に行ってなさい。鈴木くんは青山さんと沙希ちゃんと一緒に」と指示した。

 和田くんも「小清水さん。行こう」と言った。言われた小清水さんは「ええっ、でも」と戸惑いを見せる。

 青山先輩は「沙織、これは一体どういうことなんだ?」と訊ねた。

 この状況を判断しかねる青山先輩に速水さんは、

「青山さんも先に行っててちょうだい。今は説明なんてできない」と悲しい声で言って、「これが今の私の環境なのよ」と続けた。


 対して青山先輩は「そんな顔の沙織を放っておいて行けるわけないだろ」と強く言った。

 池永先生は生徒達を庇うように前に出て、

「キリヤマさん。あなたが速水さんに何をしたいのか、よくわかりません。ですけど、速水さんはあなたから離れたい、そう思っています。だから、今は叔父さんの家にいます」


 そう言った先生の言葉にキリヤマは、

「だから、そろそろ沙織を返してもらおうと思ってな、相談に行ったんだよ」と言って薄気味悪い笑いを浮かべた。「ところが、あのおっさん。俺の家には返せない、っていうもんだから、こうして探してたんだ」

 キリヤマは先生から速水さんに視線を移し、

「なあ、さおり。せっかく、仲よくなりかけていたんだ。お母さんのいる家に帰ろうぜ」

 僕は知っている。それは本当の速水さんの帰るべき家じゃない。


 そう言ったキリヤマに池永先生が、

「バカバカしい。誰があんな家に速水さんを返すものですか」と言いかけると、キリヤマは先生に詰め寄り、

「おい、人の家をあんな家とはなんだ。グラマー先生もオッパイだけがデカいわけじゃないんだろ。ちゃんと考える頭も持ってるんだろ」と言った。顔が近い。

「なんですってっ」

 池永先生が逆上するのがわかった。

 そんな先生を制するように青山先輩が

「ちょっと、あなた、さっきから聞いていたら、教師に向かって、なんて下品な口のきき方を」と言いかけたかと思うと、

 キリヤマは青山先輩の手をぐいと握った。

 そして、

「おお、あんた、けっこうな別嬪さんじゃねえか」と舌なめずりをするように言って、

キリヤマが青山先輩を引き寄せた瞬間、

 パンッと池永先生の平手打ちが飛んだ。同時に青山先輩の手からキリヤマの腕が離れた。


「ちっ、痛えな」

 たぶんこの男は女性に平手打ちを食らったくらいで怯むような男ではない。むしろ、その逆だ。更にいきり立つ。

「いいねえ。グラマー先生の平手は、ぞくぞくするぜ」

 そう言ってキリヤマは池永先生の腕を掴み上げた。

「離しなさいっ」先生が怒鳴る。

 その時、

「先生には何もしないでっ」

 速水さんの叫びのような声が上がった。

そして、速水沙織はメンバー全員に「みんな私のせいなの」と言って、

「みんな、ごめんなさい。先生も、沙希ちゃんも、青山さん・・ごめんなさい」と今にも泣きそうな声を出した。

 こんな弱々しい速水沙織を見たのは初めてのことだ。

 いつも強く、的確に物事を判断し、僕が困った時には助けてくれた速水さん。

 そんな速水さんがこんなにも、弱い姿を見せている。


 けれど、これが本当の意味での速水沙織の姿だ。

 以前の中学生の速水沙織という少女を知っている僕はそう思う。

 

 そして、速水さんはキリヤマに向かって、

「あなたが話があるのは私でしょう・・それなら、どこか別の場所で話を聞くわ」と言った。

 そう言った速水さんに男は顔を曇らせ、

「おい、さおり、『あなた』とはなんだ。ちゃんと俺をお父さんと呼べよ」と怒鳴った。

 速水さんは意地でもそんな呼称で話さないだろう。


 青山先輩は胸元で腕組みしながら、

「とても沙織の親御さんには見えないけどね」と強く言った。

 

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