第146話 中学3年・初恋~回想②
石山純子への思いを募らせながら、気がつくと、僕は詩を書き始めていた。そのどれもが、石山純子を思う詩ばかりだ。
ノートは僕の言葉で一杯になった。
彼女を賛美する詩、片思いのやるせない心情を綴った詩。
牧歌的な風景の中に佇む石山純子。
田園風景を背に麦藁帽子をかぶる少女。
青空の下、草原を駆けていく少女。
空の中に君の髪が溶け込んでいく。その全てのモデルが石山純子だった。
そんな内容の詩ばかりをノートに書き溜めていた。
詩は誰かに見せるために書いているわけでもなく、当然詩人になるためでもない。ただ、書かないと心がどうにかなりそうだった。
その気持ちを初恋と呼ぶものなのかどうかはわからない。
けれど、分からないなりにも僕は石山純子のことを「初恋の女の子」と位置付けた。
石山純子に想いを告げたい。
その気持ちは徐々に膨らんでいった。抑えきれないような心情だった。
それに他の不安もあった。
なんと石山純子に想い焦がれる男子は僕の他にも大勢いたのだ。
片恋の男子は僕のような人間ばかりではない。中には性的な目で彼女を追う男子もいた。
そんな奴らに彼女が汚されてしまうのは絶対にイヤだ。
だったらどうする。
彼女と話したい。手を繋いでみたい。
中学三年の僕にはその先のことなど、想像することすらできなかった。
このまま考えていても、
中学を卒業すれば彼女とは確実に会えなくなる。
僕の学力では、石山純子と同じ高校に入ることは不可能だった。
十中八九、彼女は県立のトップの高校にすんなり入る。僕にはそこまでの学力はない。
季節は、五月、六月、夏休みに入った。
夏休みは狂おしい思いで溢れんばかりだった。勉強の合間、石山純子の事ばかり考えていた。
考えていても仕方ない。何かの行動に出ない限り、何の進展もない。
そんなことは分かっている。
だが、彼女は今、この時間どうしているのか? 誰かと一緒にいるのではないだろうか?
考えることはそんなことばかり、妄想だけで頭の中が一杯になる。
そんなことを考えていても日々は過ぎていく。夏休み恒例の市民プールに岡部と小西と出かけ、夏を楽しむ。
真夏の太陽の下、水着の女の子に視線を向けると、初恋の妄想など絵空事のようにも思える。こうやって時には気を紛らわせるのもいい。
そう思って、プールサイドでむさくるしい男三人で駄弁っていると、
「石山純子だ」と岡部が言い、
「ほんとだ」と小西が認めた。
僕は岡部と小西の目線の先を追った。
二人の言う通り、そこには水着姿の石山純子がいた。
石山純子以外にも二人の女の子が一緒に、プールの波打ち際を談笑しながら歩いていた。
その光景は眩しかった。
石山純子の向こうに太陽がある。そう思った。
彼女はまだ中学3年、それほど、女性らしい体躯をしているわけでもない。
ただ、僕にはその方が好ましかった。
純粋なな少女のイメージ、それが石山純子にはある。
だから当然、彼女の着ている水着はビキニではなく、スクール水着に近いものだった。
それでもその姿は僕には眩しすぎるほどに眩しかった。
他の誰よりも、何よりも。
「彼女、いいよな」と岡部が言って、
小西が「ああ、可愛い」と同意する。
おそらく、二人とも石山純子にそれなりの好意を持っていると分かった。
岡部が「どうする、声をかけるか」と僕と小西に言った。
その時、小西は「でもさあ。なんか、石山ってさあ。冷たそうだよな」と言った。「声かけても無視されそうだ」
「石山純子は冷たい」
僕にはその言葉が理解できなかった。
それは当たり前だ。石山純子と顔を突き合せて話したこともなかったし、挨拶すらまともに交わしたこともない。
僕は石山純子の内面を何一つ知らないのだ。
僕は何を見て石山純子に恋をしていたのだろう。
そう思っても、たとえ「石山純子が冷たい」という言葉を聞いても、僕の初恋が醒めるわけではない。
あんな淡いイメージの子、本当の意味での少女のような人に、「冷たい」という言葉がそぐわなかった。
石山純子は、「冷たい」という言葉とは最も遠い場所に位置している、そんな気がした。
その日、プールで見かけた石山純子の姿が目に焼き付き離れなかった。
彼女の姿は健康そのもので、もし彼女に触れることができたのなら、
人生の輝きの全てを手にすることができる。そう思った。
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