第89話 幽霊が怖い②

「あの部屋・・出るのよ」

 囁くように青山先輩は言った。

「出るって、何がですか?」

「幽霊よ」

 その言葉を聞いた瞬間、僕は全てを理解した。

 速水さんだ! 

 何をやってるんだ、速水さんは!

 幽霊って・・池永先生が言っていた旧校舎の幽霊の噂のことだろ。

 速水さんは自分の能力で人を怖がらせて、休部に追い込んでいるんじゃないか。

 速水さんがいつどこで透明になったのかは知らないけれど、青山先輩のいる所で透明になったのは間違いないだろう。

 思わず笑いが込み上げてくる。青山先輩の「こわい」と言った理由をあれこれ考えていた思考がとけていった。

 そして、そんな青山先輩の子供のような怖がりようが可笑しかった。


「君、今、笑ったわね」

 青山先輩は少し剣幕顔だ。

「すみません・・幽霊って聞いて、つい」僕は弁解する。

 まさか、幽霊みたいな人が幽霊を怖がるなんて・・とは言えないよな。

 そんな青山先輩の休部理由を速水さんは知っているのか?


「君は、私の言うことを信じていないのね」

 少しむっとした青山先輩に、

「その話・・速水部長は知ってるんですか?」

「し、知らないと思うわ・・私、誰にも言ってないから」

 それで、速水さんも、小清水さんも青山先輩の休部の理由を知らなかったのか。

 ・・ということは、復部の可能性も大いに期待できるわけだ。

 休部の理由が速水さんの透明化なのだから。

 けど、どうやって、青山先輩の恐怖を取り除いてあげたらいいんだ?

 まさか、速水部長は僕と同じ透明人間なのですから、というわけにもいかない。


 だから、僕は・・

「大丈夫ですよ。青山先輩、幽霊の話は・・」と青山先輩を安心させるように言った。

「何が大丈夫なの?・・君、相手はあの幽霊なのよ」

 こんな大人びた女性でも幽霊は怖いのか。

「それ、どんな幽霊だったんですか?」

 まず、話はそこからだ。


「どんなって・・」

 僕の投げかけた質問に青山先輩は「そうね・・」と言って、

「人の形・・をしていたわね」

 人の形・・って・・

 それ、もしかして・・速水さんの姿、半分見えているんじゃないのか?

 僕は透明になった速水さんがどすどす歩いたり、物を動かしたりしたのかと思っていたけど・・

 人の形に見えてるって・・それだとまるで、僕が透明化している時、妹のナミや、小清水さんには見えている場合と同じようなものじゃないか。

 ひょっとして、青山先輩は速水さんに後輩以上の好意を・・  


 そんな驚いた表情の僕を見て、青山先輩は、

「君、ちょっと驚きすぎよ」と制するように言った。

 僕は「ごめんなさい」と言って真面目に耳を傾ける姿勢を続けた。


「君、笑わないで聞いてよ」続けて青山先輩はそう言った。

 僕は「はい」と言った。


「あれは・・私が忘れ物を取りに部室に戻った時のことよ。誰もいないはずなのに、窓のカーテンがふわっと揺れたの・・窓が開いているのか、と思って・・見たの」

「窓は開いていたんですか?」

「開いていたのよ・・確かに締めたはずなのに」

 おそらく速水さんが開けたのだろう。風にでも当たりたかったのだろうか?

「その時、青山先輩は見たんですね」

「ええ・・そうよ」

「人の形って・・どんな?」

「それが・・私たちと同じような・・」

 青山先輩が言葉に詰まったので、僕が、

「女子高生・・つまり、高校の制服を着ていたんですね?」

 僕の言葉に驚いたように「ええ、そうよ・・君、よくわかったわね」と言った。

 それは速水さんだから。


「それに、あの幽霊・・これは私の受けた印象なんだけど・・なんだか悲しい感じがしたの」

 青山先輩はそう言って何かを思い出すような目をした。

「悲しい?」

「ええ・・おかしいでしょうけど、なぜか幽霊から悲しみのようなものが伝わってきたのよ」

 速水さんが悲しんでいた・・理由は速水さんの母親のことだろうか?

 しかし、透明化した速水さんから、そんな心情が青山先輩に伝わるものなのだろうか?


「こんな話、誰が聞いてもおかしいと思うわよね」

少し悲しげな表情をしている青山先輩に僕はあえて、

「いえ、青山先輩・・僕はおかしくはないと思います」と断定した。

「本当?」

 僕の言葉に、それまで硬かった青山先輩の表情が緩む。

 そして、「でも、この幽霊話は学校内でもけっこう噂になっているわよ」と裏付けのように言った。

 僕も、佐藤の座っていた横のベンチを蹴とばしたしな。あれも幽霊話の一つになっているだろう。


 だが、それよりも今は青山先輩から幽霊の恐怖を取り除いてあげないと・・

「幽霊が怖いものだとは限りませんよ」

「君、何を言っているの? 幽霊は怖いに決まっているじゃないの」

「それは幽霊じゃないかもしれません」

「幽霊じゃなかったら、一体何よ」

「たとえば、速水さん、あるいは小清水さんが帰宅しても、その思念だけが部室に残っていたんじゃないですか?」

「思念?」

「そうです、あるいは、二人の内のどちらかのもっと部室にいたいという感情が、思念となって部室に舞い戻ってきた・・」

 ちょっと無茶な論法だな。説得力の欠片もない。

「君、それって、よけいに怖いわよ・・沙織や、沙希の思念なんて」

 僕は「そうですよね。ありえないですよね」と言って笑った。

 青山先輩もつられてか、吹き出したように笑った。

「でも、なんだかおかしいわ・・君って、面白いわね」

 少しだけど、青山先輩と僕との距離が縮まった気がした。

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