第86話 孤高の上級生・青山灯里②
「それで、文芸部の君が、私に何の用なの?」
僕は正直に「クラブの勧誘です・・いえ、正確には・・」
まさか、合宿のための部員の数合わせとは言えないな。
「君の言いたいことは、大体想像がつくわ・・クラブへの昇格狙いね」
僕は正直に「はい、正直、そんなところです」と答えた。
一部は合っている。
それにしても察しがいい。外見だけではなく、頭も切れそうだ。
青山先輩は少し困ったような表情を見せたあと、
「沙織には、休部扱いをお願いしてあったのだけど」
そう言われたら、どう話を進めていいのかわからない。
どう言って青山先輩に部への復帰をお願いしよう・・
そもそも、青山先輩がどうして休部中なのか、誰も教えてくれない。
僕がぐずぐずしていると、
「君、ここは人目があるわね」
そう青山先輩は静かに言った。
うっかりしていた。青山先輩を見つけて声をかけたのはいいが、立ち話だ。
好奇心丸出しの生徒達の視線が熱い。それに・・もし、この中に水沢さんがいたりしたらえらいことだ。誤解も誤解・・それもまずい。
「あ、青山先輩、今から部室に来ませんか?」
一応、部室には速水部長、小清水さんを待機させてある。
その時だった。
青山先輩を呼び止めるような声があった。大人の男だ。年は30前後。
「青山くん!」
その男は青山先輩のことをそう呼んだ。
それは早川という臨時の美術講師だ。
僕の美術の点を思いっきり低くつけた先生だ。僕の美術における能力はそんなに悪いとは思わない。小学校、中学校と平均より上だった。
それが高校に入ってさっそくえぐい点をつけたのがあの早川という男だった。
僕に対する悪意があるとしか思えなかった。
早川講師の悪意・・それは僕の存在感のなさに起因する、と推測する。つまりクラスの中でも活発な生徒、少し不良のような生徒には点が甘い。僕のような影の薄い人間にはきつい点をつける。
「目立つ奴にしかいい点をくれないらしいぜ」・・それはあくまでも噂に聞いた話だ。
だが、それしか理由が考えられない。受験科目ではないから、かまわないと言えば、そうなのだが、気分が悪いのは確かだ。
そんな早川講師の声に青山先輩は振り向くと、
「今、行きます」と大きな声で答えた。
先生が青山先輩に何の用事があるのか、さっぱりわからない。放課後、生徒を呼び止めてまでの用事って何だ?
いずれにせよ。青山先輩との会話は途切れた。
青山先輩は僕の方に向き直り、
「鈴木くん・・だっけ、悪いけど、君との話はまた今度・・」
そう言うと、また丁寧に頭を下げ謝った。長い髪がばさりと垂れる。
次の約束もないまま、青山先輩は早川講師の元に向かった。
二人は何かの会話を交わすと再び校舎に戻っていった。
・・僕は青山先輩のことをほとんど何も知らない。けれど、その外見、物腰・・を僕は結構気にいった。彼女ともっと話したいとすら思った。
だが、その反対に、青山先輩を引きとめた、というか、僕と青山先輩の距離を引き裂いた早川講師に対しては腹が立った。
人が勇気を出して、青山先輩に声をかけたっていうのに、台無しじゃないか!
そんな気持ちを抱えながら部室に戻り、速水部長と小清水さんに話した。
「あら、残念・・早川先生に邪魔をされたっていうわけね」
「邪魔じゃないけど・・なんか腹が立つ」僕は正直気持ちを言った。
僕は二人に「あの先生、美術の点にいつもからい点をつけるんだ。なおさら腹が立つ」と言った。
この部室はそんな話もできる空間になりつつある。
「・・そうかしら、私はいつもいい点をつけて頂いているわ」となぜか意味深に言う。
「そうなんですかあ?・・私なんか、いっつも落第点ですよ・・そんなに私の絵、下手なのかなあ・・」と悲しげな小清水さん。
やっぱり僕の憶測通りだ。
速水さんだったら、早川講師に堂々と文句を言いそうだし、小清水さんだと、そのまま泣き寝入りをしそうだ。
点をつける者の立場としてはいい点をつける生徒の数の限界のようなものがあるのだろう。
あの早川は、その生徒の能力よりも、生徒の気質やクラスにおける立場などで点をつけている。美術という他の科目に比べて抽象的な内容から、そのような行為はし易い。
さぞかし、そんな尺度で点をつけていけば楽しいだろうな。
そう思っていると、速水部長は小清水さんに、
「沙希さん、そんなに嘆くことはないわ。あの先生一流のえこひいきだもの・・けっこう有名らしいわよ」と言って微笑んだ。
やっぱり、そうか。僕の憶測だけではなかったようだ。
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