第65話 加藤ゆかりの心の移ろい②

 案の定、小清水さんは水族館の言葉に引っかかったらしく「部長、水族館に行ったんですか?」と訊いた。

「いえ、水族館には行ってないわ。外の公園で偶然に出会ったのよ」

 嘘ばっかり・・透明化して館内にいただろ!

 その言葉に納得のいっていない小清水さんに速水さんは続けて、

「鈴木くんもその席にいたわよ」と言って「誤解なきように言うと・・あの佐藤くんもね」と言った。

「鈴木くんと・・佐藤くん?・・」

 どんな舞台設定なのかわからない小清水さんは、

「本当なの? 鈴木くん」と僕の顔を見て言った。

「別に隠すつもりもないよ。あれは加藤と佐藤の仲を取り持つためのものだったんだ」

 僕はその時のことを何も知らない小清水さんに説明した。


 その話が終わったのを見届けると加藤は、

「私、純子と親友だけど、全部、純子に負けてるから、羨ましいっていうか、何か、嫉妬みたいなものが常に心の底にあったんだよ」と言った。

 その話、この前、保健室で言っていたな。

 加藤は・・誰を好きになっても、誇れる自分でいたいの、とも言っていた。


 速水さんの向こう・・窓の外では梅雨のじとじと雨が上がっているようだった。

 日が暮れ始めている。明日は晴れる・・そんな予感の夕焼けが広がっていた。


 そんな時間に問答を繰り返す速水さんと加藤を見ていて、こう思った。

 速水さんはいつも冷静沈着、ちょっとぼけたところもあるが、頼れる存在。

 そして、加藤・・

 僕は教室の席と同じように、加藤の側面しか知らなかったのでないだろうか? 

 今はなぜかこの部屋に座って、速水さんに問い詰められている加藤は、何故か、とても女らしく・・そう思えた。


「それで・・加藤さんは、水沢さんに何て答えたの?」と訊く速水さん。

加藤はさっきの「ゆかりは鈴木くんのことが好きなの?」の質問の返事をまだしていない。


「私、佐藤くんにふられた、というか、佐藤くんに振り向いてもらえない、ってわかったばっかりだったから・・何か、鈴木の優しさがすごく嬉しくって・・」

 僕の優しさ? 加藤に何もしてないけどな。


「そんな時だったから、私、純子に言ってしまったんだよ」

 加藤は水沢さんに何を?

 小清水さんが「加藤さん、水沢さんに何て言ったんですか?」と訊いた。


「・・どうかな? って」

 どうかな、って・・

 それ、僕のことを好きかどうか分からないっていうことなのか? 加藤、そこはちゃんと否定しろよ。

 その言葉を聞くと速水さんは「はあっ」と深い溜息をついた。


 速水さんの溜息は加藤の発言に対して吐かれたものと思っていたが、

「鈴木くんも、罪な男ね」

 そう速水さんは言った。

「何で、そうなるんだよ!」と僕は声を荒々しく上げた。

 続いて小清水さんまで「鈴木くん、優しいから」と速水さんの発言を肯定するように言った。

「何でだよ・・」と僕はぼやく。

 よくわからない。

 そうじゃないと言ってくれるはずの加藤までが「そうだよね。鈴木、優しいよね」と二人に向けて今日一番の笑顔で言った。


 僕は速水さんに任せておけないと思い、今度は僕が加藤に、

「そ、それで、水沢さんは加藤に何て答えたんだよ?」と訊いた。

 知りたい・・水沢さんが何と言ったのかを。


 質問が速水さんから僕に変わったことでホッとしたような加藤は、

「純子に、『ゆかりがそんなに軽い子だと思わなかった』・・って言われたの」

 軽い?

 つまり、ついこの前まで佐藤のことを好きだと言っていたのに、もう対象を変えたのか、ということか。

 速水さんは「そういうことだったのね」と再び、聞き役は速水さんに戻った。


「私、『どうかな』って言ってしまってから、ああ、今の発言、まずかったなあ、と思ったけど、気がついたら、純子の顔が不機嫌になっていて、もう取り消し不可能ってわかったの」

 水沢さんの不機嫌な顔・・どんなだろう? 見てみたい。

「私も一度言ったことだし、引っ込みがつかなくなって・・」

 何となくだが加藤ゆかりの心情の移ろいがわかる気がした。

 加藤ゆかりとは喫茶店に始まり、水族館、公園・・保健室・・と短い期間ながらもそれなりに心を交わした気がする。


「それで、水沢さんとの間が気まずくなったっていうわけね」と速水部長。「よくあると言えば、よくある話ね」

 加藤は「それはそうだけど・・」と言ってその先言葉を続けなかった。


 小清水さんが、「その話って、誤解がとけたら・・お二人の関係も、自然とまた友達同士に戻るんじゃないですか?」と仏のような優しい笑顔の小清水さん。

「沙希さんの言う通りね。時間が解決してくれるわ」


 二人の意見を聞いて加藤は安心したのか、

「だってさあ、私、鈴木に話を聞いてもらいたかっただけなんだけど、なんか、この部室に入った途端、こんな展開になっちゃってさあ・・速水さんには苛められるし・・」

 先ほどの変な緊張が解けたのか、急に明るくなって、この場に打ち解けたかのような話し方になった。

 速水さんは、

「私は別に加藤さんをいじめてなんかいないわ。追求していただけよ」

 加藤は「それ、ほとんどおんなじだからっ」と笑顔で言った。


 加藤が落ち着いたのを見計らって速水部長はこう言った。

「加藤さん、最後に、言っておくけど、あなたにはね・・あなたには水沢さんにはない別の魅力があるわ・・ただ、自分にそれに気づいていないだけ」

 そう淡々と言う速水部長・・

 文芸サークルの部長らしい言葉で締めくくった・・のはずが。


「いえ、違うわ・・水沢さんは、加藤さんにはない魅力を持っていて、その魅力を振りまいている・・のかしら? どうもそっちの方が合ってるような気がするわ」と言い換えた。


 僕は即座に「速水部長、それ、全然違うからな!」と戒めた。加藤が傷つくだろ!

 僕の反論に、

「失礼・・そうね・・私も文芸サークルの部長として、まだまだね」と言って、

「加藤さんは、加藤さんらしく、ということかしら?」と更に言い変えた。

 あんまり励ましになっていないような気がするけどな。


 そんな速水さんを見た後、加藤は僕の方を向いて、

「この部活、何だか、楽しいね・・いつもこんな雰囲気なの?」と訊いた。それに対して、速水さんは「これは文芸サークルの活動じゃないわ。加藤さんを囲んだ井戸端会議よ」と言った。

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