第62話 体力テストであろうことか④
改めて腕や足元を見ると、透明化は終わっていた。けれど、確かに、小清水さんに見られている時は透明化していた。そして、小清水さんにはナミの時のように、服が薄く・・あるいは服だけが透明になっていた。
・・にしてもそれは、上半身だけでよかった。ズボンが透明に見えていたら・・と思うとぞっとする。
待てよ・・これって、何かの防衛反応なのだろうか。僕の精神がそんなことをさせてない・・そうなのだろうか。
僕は急いで持久走の列に戻り、担当の先生に謝った。
すぐにスタート地点に行くように先生に指示され運動場に出た。幸いにも透明化した時に近くにいた連中はとっくに持久走を終えてどっかに行ったようだ。
長距離持久走・・1500メートル。距離にすればたいした距離ではないが、前回の結果は散々だった。走り終わった後、誰とも目を合わせることができなかった。
そして、このテストの辛いところ、何と言ってもそれは・・
全てのテストをし終えた女子生徒達が、トラックの外周のコーナーから見ていることだ。
見学の女子生徒に結果がわかる。
今回は、僕のクラスの女子の全員が座って見ている。
水沢さん、加藤ゆかりはもちろんのこと・・わが文芸部員、速水部長に小清水さん。
透明化していなければ、女子のテストが全員終わらないうちに持久走をし終えていたものを、本当についていない。
スタート地点に他の男子と同じように横に並ぶ。「がんばってぇっ!」と誰に送っているのかわからない女子の声援が飛ぶ。
スタートの合図で、まず体が震える。走りたくない。格好悪い。結果を知るのがイヤだ。色んな思考が混ざる。
スタートが出遅れた・・いつものことだ。
ああ、水沢さんに僕の走るのが遅いのが知られてしまうのか・・
女の子はみんな格好いい男子が好きだ。スポーツができる男子ならなおさら好きだ。
今までの僕と水沢さんとの思い出が蘇る。
水沢さんのマンション前で出会ったこと。水族館、喫茶店・・そして、裏庭で触れ合った水沢さんの手・・
そして、あの二重否定の言葉・・
・・「鈴木くんはどっち?」
そんなささやかな記憶は、体力テストという残酷なイベントで消えていく。
別に、水沢さんと釣り合おうとか、そんな大それたことは考えないが、
最下位の男子は、
水沢純子というクラスの男子の憧れの的とは合うことは絶対にない。
それにしても・・
体力テスト、全種目の中でこの競技だけ女子の声援が飛び交う。
「田中く~ん、しっかり」とか、「高島くーん・・がんばって」とか・・いろんな奴に向かって女子連が言葉を投げかける。
ちくしょうっ。うるさいぞっ、
また消え入りたくなってきた。それに、かっこ悪いっ!
そんなことを思いつつ走っていると、
あれ、体が少し軽いぞ・・ランニングの成果か?
もっと走れる! そんな気がする。
一人、前を走る奴を抜かした・・また一人・・
あ・・去年、僕の前を走っていた奴も抜かした。
3周目に入った時には、全体の真ん中くらいの順位になっていた。信じられない。持久走ってこんなにも攻略が簡単だったのか?
それとも、僕が今まで運動をさぼり過ぎていただけなのか?
走ることが楽しい・・そんな風にも思えた。
これなら、そんなに格好悪いこともない。水沢さんに見られていても平気だ。
ところが、5周目に入った頃、突然、足が痛み始めた。調子に乗り過ぎたのか? 痛い。
足の運び方がおかしくなる。当然、スピードも落ちる。
ダメだ・・このままでは。また去年と同じことに・・
その時、
「鈴木くん! がんばって!」
女子席から、僕を励ます声が聞こえた。
他の男子に向けてではなく、確かに「鈴木くん」と聞こえた。
誰の声か、わからない。速水さんの声でないことだけは確かだ。
小清水さん?
もしかして、水沢さん、なのか・・加藤なら、絶対に「鈴木!」と呼ぶだろう。
でも、誰でもいい・・とにかく嬉しかった。
そして、続いて、
「鈴木~っ、頑張れ!」と二人目の声が聞こえた。あの元気な声、絶対に加藤だ。
ありがとう・・
その後、僕は足の痛みを堪えて何とか走り切った。5周目から順位は落ちたけれど、予想よりは遥かに上の順位だった。
そして、僕のスポーツテストの評価表で平均より上になったのは、この持久走だけ、というお粗末な結果で終わった。
やっぱり、僕はこのイベントは嫌いだっ!
そんな大嫌いなイベントの終了後の教室で、左横の加藤に「鈴木、頑張ったじゃん」と笑顔を見せ、そして、「純子も鈴木を応援してたよ」と言った。
それ、本当なのか? と、僕は水沢さんの方を見たが、彼女は教師の話を聞いていて僕の方を振り返らなかった。
あの時の声は水沢さん・・だったのか?
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