第67話 文化祭一日目エピローグ

『貴様……この俺を、客寄せパンダに使うとはいい度胸だな』

『ズビバゼン(すみません)ッ!』

『わかってる。僕だってわかってるんだ。仲間に対して殺意を抱いてはいけないというのは』

『ボベンババイッ(ごめんなさい)!』


 文化祭の初日は無事に終わった。


『ねぇ、何かしら山本。このチャッタラー上の……二日目は《ショタ》と《ツンデレお嬢様》のガイドツアーっていうのは。しかも三日目オッパイって。《眼鏡オッパイ》と《縁の下のイケメンお兄さん》って』

『《ショタ》って。結局、固定しちゃったあだ名が《ショタ》って……』

『いくら何でも……オッパイは酷いですよぉ』

『ビュドゥヴィデグラバイ(許してください)! バガダディダバンデヅ(魔が差したんです)!』


 そして、そしてクラスの反省会は、たったいま行われていた。


『イケメンと言ってくれたのは嬉しいんだが、困惑を禁じ得ない。大人数と共にするというのは、正直不得手なんだ』

『いけませんねぇ。山本様ぁ♡ 私の知らないところで、お嬢様のお時間を割こうとするのは♡ 文化祭三日間ですら、お嬢様と鉄様の距離を縮めるのに時間が足りませんのに……』

『ダジュゲデグダバイ(助けてください)! ブバ(つか)、ダンダババベダ(アンタは誰だ)!』


 しかし、反省会というにはあまりに空気が異様だった。

 ルーリィを除いた三年三組全員が怒気をはらんでいる。その空気を切り裂くのは、涙ながらの一徹による助命懇願だった。


『ん、これは反省してないね。拷問決定かな』

『こんなこと、本当は仲間にしたくないんだが……覚悟しろよ山本(ニッコリ)。ツアーガイドの護衛。本当に大変だったんだからな?』

『ぎ、ぎ、ぎゃああああああああああああああああああっす!』


 そうして、処刑は執行された。


「テメーこの!」だの、「あらあらうふふ♡」だの、「この恨み、腫らさず置くべきか!」から、「なんでルーリィさんにはガイド役ないんですか!」に続き、「特別扱い!? ねぇ特別扱いなの!?」などの怒声と、悲鳴が木霊した。


 これらすべて、一徹の下宿内でのお話。


「あらー始まっちゃったわね」


 騒動を遠巻きに眺めながら、トモカは楽し気に笑っていた。

 他の山本小隊隊員たちが浮かべる表情は、それぞれ違うものだった。


 文化祭期間中、物産展の出来事など情報共有しやすいようにと、一徹のクラス全員が、この下宿に宿泊することになった。

 だから下宿内で公開処刑は行われていて、それを山本小隊員見物人たちが見守る状況となっていた。


「馬鹿をやらかした山本一徹が悪い。物産展の宣伝、ウチの学校でも話題になったんだから。授業中にも関わらず、突然授業を抜け出しすような娘たちもたくさんいたのだからね」

「先生たちも困ってたものね。先導したのは兄さんだけど、踊らされたのはあくまでも看護学校の娘たちだから。にしてもチャッタラー見て、私の方が恥ずかしくなっちゃった」


 苦笑いをしているエメロードは、コメカミをぴくぴく痙攣させていた。

 リィンは信じられないとばかりに、両手で顔を覆っていた。


「貴女たち二人、助けては駄目よ。罪には罰を。それが理なんだから」


 もちろんその場には、アルシオーネやナルナイもいて、アルシオーネに至っては「乱闘祭りか?」と腕まくりをしていたから、エメロードが制した。


「兄さまぁ。どうして今日来てくれなかったんですかぁ? ナルナイはお待ち申し上げておりましたのに」

「ま、初日だから仕方ないわね。どうやら見た感じ、ツアーガイドの件は押し切ったみたいね。明日の客入りも想定以上かしら、それに合わせ、反省会じゃ、備える在庫量も増やしたみたい。明日はもっと朝早くから忙しくなるでしょう」

「では、来てくれないんでしょうか?」

「それはない。在庫を増やす。不慮の補充は必要ない。今日学び、明日反省を生かすなら、きっと時間に余裕ができる。それに、一徹は貴女のたち頑張りを知っている」

「トモカさぁん!」


 様子から、明らかに文化祭一日目は消化不良のように見えるナルナイ。


「大丈夫。絶対に顔を見せに来てくれるから。いつ来てもいいように、貴女たち二人とも、しっかりメイドカフェ頑張るんだよ?」


 フォローされたことに泣きそうになり、しかし涙は見せたくないのか、トモカに抱き着いた。


「……シャリエール。貴方の目には、何が映っている?」

「おそらく、ルーリィ・トリスクト様と同じものを」

「だろうな」


 そんな面々の中で、ルーリィとシャリエールだけは、一徹の公開処刑を眺めて懐かしそうに笑っていた。


「旦那様は、集団をいくつも立ち上げましたから。貴方の国でも、奴隷だった私を救ったのちに滞在した国でも。旦那様が……亡命した先の国でも」

「一徹との文化祭はこれで二度目なんだ。彼方あちらで、私がまだ十八歳・・・・・・・、大学四年生の時、年上の彼は、一年生としてリィンと共に入学した」


 鼻血を噴水のように吹き出し、「きゃぁぁぁぁ! やぁめぇてぇ!」と命乞いを叫ぶ一徹の姿に二人とも見覚えがあったから。

 メキメキと骨のきしむ音が響いている。


「人間族以外の種族も集うクラス。大学では、日中の活動ではなく、夜間一般総合コースの一員として、クラスをまとめ上げていたっけね?」

「旦那さまったら面白いんです。集団を立ち上げたなら、本来は自らが、周囲を束ねまとめる長のはず。なのに周りとの距離が異常に近くって」

「フフッ、イメージは湧くよ。怒られて、冗談を言い合って。で、馬鹿をやって制裁をもらって。まるで……」

「えぇ、まるで……」

「「いまと、そっくり」」


 本来、助けに入る場面なのだが、思い出に浸っている二人には動くことができなかった。


「へぇ? 興味あるわねその話。じゃあ高校生も大学生も二回繰り返しているってこと?」


 そこに、関わってきたのがトモカだった。


「トモカ殿。高校生を二回……とは?」


 話しかけてきたことに驚いた顔を見せた二人。

 特にルーリィは、これまで聞いたことのない彼女の発言を聞き返す。


「え? あ、ゴメン。何でもない」

 

 だが、トモカはその問いに特段の反応を示さず。


「それで、いまとそっくりって話だったけど……」


 むしろ、目の前の一徹処刑執行シーンと、彼女たち二人の思い出を聞き出すことに勢いがあったため、ルーリィは押し切られてしまった。


「か、彼は……」 


 そうして、


「「まったく変わらないんだ/らないんです」」


 ルーリィが返した言葉に、シャリエールの物が重なった。


「そっか。そうなんだ」


(……え?)


「そっちでも楽しい時期はあったんだ。そうだと……いいな」


 その表情に・・・・・ルーリィは言葉を失う。目を見開いてしまった。

 

 小隊員の全員が注目する、血まみれで顔がボコボコに腫れた一徹とクラスメートたちとの微笑ましいじゃれ合い。


 それを見守るトモカの優しいまなざしは、母や、姉のような保護者としての物ではなく。


 もっと……

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