第88話 逆転への火は灯る。失道に至らせた絶望すべてが火花を散らす。

 アンインバイテッド討伐に、皆が学外にでて三、四十分。


 学内に残った俺は、大講堂に逃げ込んできた市民の人々に、お菓子や飲み物などの緊急物資を配っている真っ最中だった。


 討伐任務が課されない一年生たちが、文化祭の模擬店舗全店を回り、そのまま食せるお菓子などを緊急物資として回収した。

 《非合法ロリ生徒会長》の全生徒への指示にはそれも入っていた。

 

 だからそれが上級生の開いた模擬店物資でさえ、心おきなく一年生は手を伸ばすことができて、結果、遅滞なく緊急物資として渡すことができたんだ。


(きっと《非合法ロリ生徒会長》は一年生が不安しないようにと気を掛けた。本当に出来る娘だよ。これによって何か腹に収めることで、少しでも避難員が落ち着くことができればいいんだが……)


「ハイ。どうぞジュースです。お母さんの方はお茶にしますか?」

『ありがとう』


 正直言って、状況は好ましくなかった。


 緊急出動スクランブルで上級生の多くが市街に出て見て、初めてこの三縞市に転召されたアンインバイテッドの数の多さが具体的になった。

 入り口となるホールも数多く開いていて、まるですでに開いたホールに引っ張られるかのように次々と新たなホールが生まれ、アンインバイテッドはさらにあふれ出る。


 もちろん、訓練生らは必死になって討伐し、ホールを封じようとしているのだが、数が多く、封印しきる前に、新たなホールが出現するというイタチごっこ状態に陥っている。


『状況は、あ、あまり良くないのかしら?』

「いえ。ご安心ください。三校生は全員が優秀ですので」


 そういう情報は全てインカムで耳に入ってくるから、学内に駆け込んできた避難員には届かない。

 それゆえ小さな子連れの母親に対し、このように説明するしかなかった。


 情報を受け、誰か一人でもポーカーフェイスを崩すと、避難員による恐慌状態、パニック現象が起きかねない。

 避難してきた人たちを受け入れ、保護している俺たちは、細心の注意を払わなけりゃならねぇな。


【生徒会より学外展開全隊へ。御殿場陸上自衛隊駐屯地への救援要請を防衛省に出しました。到着まで……】


(気休めにもならない情報だな)


 魔装士官には魔装士官にしかできないことがある。それが、わざわざ陸海空の自衛隊から魔装士官が分けられている理由だ。

 対他国やテロ状況は別として、異世界転召事案では通常兵器が役に立たないからこその退魔師の技。


 現状、正規魔装士官の数が少ない故の救援要請だろうが、多く見積もっても、アンインバイテッドが襲う的を増やし、一般人への注意を散らそうという意図しかないことは理解できた。


(んなこと自衛官だって気付いている。わざわざ隊員の危険をいたずらに増やすリスクに、スムーズな救援対応を見せてくるとも思えないが……)


「って、いかんいかん」


(外に出てる奴を信じろ。それしかできない俺が不安がって、恐怖ばらまいたら笑えないぞ!)


 パンパンと顔を両手で叩いてニカッと。たったいま、お茶お菓子を手渡した親子に向かって笑って見せた。


 笑顔だ。何とか、笑顔を作り続けなくてはならない。


 顔を包帯でグルグルに巻いている状態なのに、このお母さんは敏く察知してきた。

 情報が与えられないからこそ、この場にいる訓練生の反応、一挙手一投足に集中しているようだった。


 悟られてはならないと、一つ頭を下げて別の場所へ歩き出す。


「えぇ、ジュースにビール、お菓子は如何っすか~」


 討伐の為に身を危険にさらす皆と違って、俺にできることは、情けないが、こうして避難員たちを嘘の情報で落ち着かせ・・・・・・・・・・偽りの笑顔で安心させる・・・・・・・・・・・ことくらいしかできない。


「くぅっ!」


 しかしながら、そんなことで、安心させられるわけがないと俺もわかっていた。


 遠くの、しかもいたる所から子供たちの泣き声。

 誰に連絡しようとして携帯端末を耳に押し当て、繋がらないことに悲観的な声を上げる人。


 避難所は避難所で地獄。


 彼らを守るため、収容した大講堂は締め切っている。息苦しく閉塞的だ。

 情報は届かず、状況が不明なことで、彼らの不安は募っていく一方。


 ……いつ・・彼らの恐れが爆発する・・・・・・・・・・かわからない・・・・・・


『なんだ、貴様はお留守番なのか?」


 ふとした声が聞こえたのは、その時限爆弾に対する焦燥にかられ始めたとき。


『ふっ、意外だな。あの名高き三組の人間が、こんなところで何をしている? 他の仲間は皆、討伐に出たようだが。どうしたというんだ、貴様の、その格好は』

『ちょっと待って。そもそも仲間なの? ここにいるのはどうせ、『お前はいらない』とでも言われたからなのでしょう?』

「京都校……」


 飴玉やクッキーが入ったバスケットに腕を通し。肩下げ用のクーラーボックス姿で練り歩くのを笑ったのは京都校の二人。

 凜は、その後ろで体育座りしていた。二人にも、俺にも、視線はくれていなかった。


『あぁそうだったな。落ちこぼれには荷が重い。そうしてその様に、避難員にペコペコ頭を下げるのがお似合いだ」


 グッと、その暴言を飲み込んだ。


 さっきとは違う。今度こそは怒りを飲み込まなきゃならない。

 俺が弾け、緊張状態の避難所内の空気に誘爆することのないよう。


「お前たちは何してんだ。こんなところで」

『何って、見てわからないか?』

「分かんねぇから言ってる。お前たちは大会の上位回戦から三校生の戦力分析を始めた。トップ訓練生を警戒し、いつか相手どる準備をするくらいには、訓練生として優秀なんだろうが」

『だからなんだというんだ。まさか俺たちが、こうして他の避難員に紛れ休んでいることが気にでも入らないのか?』

「気に入る気に入らないじゃねぇ。わからねぇんだよ。俺には、お前たちのような力はねぇ。皆のように戦うことは出来ねぇ。お前らには、その力があるのになんで……」


 努めて冷静でいなければならない。


「一般人を守る。普通の人間じゃあ手に負えない化け物が相手だから一層志も高く。それがお前たち退魔師の使命……」


 出す意見も、突っ込まれたり粗を探されないよう、よく考えたものを。言葉だってしっかり選んだつもりだった。


『フフフ♪』

『フッ』


 なのに、彼らは笑っていた。

 「そんなこともわからないのか」とでも言ってそうな表情を見せていた。


『当然だろう! どうして俺たちがこの町の為に戦わなければならない』

「……え?」


 先ほどの、衆目の前でコキ下ろされたこともある。

 今回のことで、改めて俺は思い知った。


『ここが京都ならまだわかるけれど。第二学院が守護せし古の都。これを守れずは沽券にかかわる』

『それに退魔の力というのは、騒動が起きたから『はいそうですか』と本来貸していい力ではないんだよ。万人を害しながら万人には対処できない災厄を祓ってきたが退魔師の歴史』

『ゆえに退魔師は大衆から恐れられるとともに、敬服を集めてきたの』

『それが退魔師の存在と力の格。おいそれと、バーゲンセールのように使っていい代物ではないんだよ』


 コイツラは本格的に、俺とは人間性が違うということを。


『あら、勘違いしないでほしいわね。その考えは私たちだけではないはずよ?』


 確かに、他の避難員に交じって、三校以外の他の魔装士官学院生たちも待機していた。

 

 あからさまにこの状態を楽しんでいて、他の来場者たちが不安で死にそうな表情の中、おちゃらけあっていた。

 

『ねぇ? 彼らも今回の大会の動向を観に、他校から訪れたようだけれど、動こうとしないでしょ?』

『安売りなどできないからだ。こんなことで力を使うことは、格式高い我ら選ばれた力ある者の格を、己で過小評価し、切り売りしているのと変わらないからな』


 余裕の表情を崩さず、挑発するような軽快な口調もとどまることも知らない。

 悪意を、ひしひしと感じた。


「……刀坂なら……」

『む?』

「刀坂なら、アイツらならそんなことは言わない。その場所がどこであっても誰かが困っていたら立ち上がる。それが刀坂鉄。それが三年三組だ」

『ハッ!? だから英雄に成り得たなど、くだらないこと言うんじゃないだろうな?』

「あぁ英雄だよ。いくら力あろうが、人間性腐ったお前らより、刀坂たちが求められるんだ!」

『へぇ? 言ってくれるわね。それで何かしら。まさか『英雄になりたくないのか?』なんて、私たちに聞くつもりはないでしょうね」

『何が英雄だ。能力者としての自らの存在価値を理解しようとせず、安易に力を貸すような退魔の面汚し。俺たちに見習えだと? 笑わせてくれるなよ』


 天上天下唯我独尊てんじょうてんげゆいがどくそんも、ここまで極まれば苛立ちしか浮かばなかった。


 記憶をなくした俺にとっての世界ってのは、魔装士官訓練生としての人生セカイで、それしかなかったから。

 こんな野郎がいたということが許せなかったかもしれない。


 どこまでも人にやさしく、人の為に力を惜しまない刀坂たちを見てきた。

 だからこそそれが、力ある者たちのスタンスだと思っていた。

 

 三組だけじゃない。

 有事に際して、どんな状況であっても当たり前のように全力を出せる者たち。

 《非合法ロリ生徒会長》しかり、一年から三年生までの、俺以外のすべての第三魔装士官学院訓練生たち。


 誇り高く、気高く、正義を貫く心。

 それが、彼らを通して俺が見ていた、憧れる魔装士官像。


 そう。英雄は三組だけじゃない。

 英雄は、いまの状況で歯を食いしばり、守るために身を粉にして戦っている俺以外の第三魔装士官学院訓練生全員なんだ。


 だがコイツらは、守る相手を見下し、自分の優位を疑わない。

 この困難な状況に身を置いてなお、自分には関係ないと切り捨てる酷薄さしかなかった。


「テメェら、力ある者として……」


 駄目だ。

 抑えようと思っていたのに、どうしても我慢ができない。

 どうしても突っかからずにはいられない。


『黙れ、何もできない無能が』

「ッツ!」


 が、その一言が、完膚なきまでに黙らせた。


『ピーチクパーチク御大層なことを述べてくれたわね。でも力がない。それで戦えない貴方が、ここまで私たちに本来強く言えるものなのかしら?』

『そういう口は、せめて戦場で実際にアンインバイテッドを一匹でも打倒してから言ってもらいたいものだ』

「くっ!」

『ねぇ、逆に恥ずかしくないの? 自分に力がなくて戦えないからって……私たちに噛みつく貴方の程度の低さこそ』


 畳みかけてくる。

 力のない俺がいくら叫ぼうが、負け犬の遠吠えであるということを、二人はもうわかってしまっていた。


 痛いところを突けば俺を黙らせることができる。

 もっと言えば、さらに追及し、責めいたぶることもできる。それがわかったのか、止まることはなかった。


『教えて? 力があって戦わない私たちが最低なら……』

『魔装士官訓練生の皮をかぶりながら、守られる力なき者達と同じく、避難所で縮こまっている貴様はなんだ? ゴミか?」

「っぐ!」


 それが決定打。

 何も、返せない。


 虐げることに楽しんでいる二人の顔が、見られない。

 床に向かって俯くしかなかった。


 爆発しそうなこの気持ちを開放するわけには行かない。

 歯を食いしばって……拳を震わせてでも抑え込まなければならない。


『さて? この辺でいいか? 論破したみたいだが』

『身の程を弁えなさい。身の程を』


 彼らを観ようとしなくても、耳が声を拾ってしまった。

 

 視界に頼らないから聴力が頑張っているのか。

 やめてほしかった。

 遠くから「おがぁざぁぁん!」と、親とはぐれた子供らしき泣き声が聞こえてくる。

 「今日俺デートだったんだよねぇ。Hできないじゃん」と、どこぞの魔装士官学院生の声が耳障りだ。


 次第に緊張のボルテージは高まって、一層不安定になる避難場所の空気も肌で感じ、とかく気持ちが悪かった。


「くっ!」


 俺にはそれにとても耐えることができなくて、だからその場から逃げてしまった。


『ハッ、やっと行ったか』

『だから身の程を知れと言ったのよ』


 背中に《クズどすえ》と、専用脳内◇◇の声がぶつけられたなら、さらに足早になる。


 そして……


「ハァッハァッ!」


 とうとう、俺は持ち場である避難所を離れ、


「クソッ!」


 大講堂の裏口から外に飛び出した。


「クソォッ!」


 そして、すでに日の落ちた空に向かって……


「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛っ!!!」


 思いのたけを、吐き出した



 外の状況がどうなっているかいまだ知れない状況。


 避難所である大講堂内の緊張した雰囲気は、討伐隊が組まれて学外に出撃されてからの1時間半で、限界まで張り詰めていた。


 不安。恐れ。怒り。少なくともそこには負の感情しか存在し得ない。

 逆に言うと、ポジティブな感情があったとするのなら、それは何かが狂っているとしか言いようがなかった。


 そんな中……


『『『『『キャァアァァアアアア!』』』』』


 鼓膜を破ってしまう程の爆発音が、突如ドォンッ! と、会場内にとどろいた。

 緊張が臨界点まで達している避難員たちは悲鳴と共に、頭を両手で抑え、地面に体を……


『え……えっ?』


『な……んだ、これは……』


 伏せたのだが。


 ドンッ♪ ドンッ♪ ドンッ♪ ドンッ♪ ドンッ♪


 それがどうやら、軽快なクラブミュージックのパーカッション音であること。次いで明るいアップテンポ調なメロディが流れたところから、開場の空気は不穏なものに支配された。


 危険を直感させ驚かされた爆発音をとどろかせた、現実は楽し気な音楽がこの混迷の中で流され続ける。

 負の感情が立ち込める場にあって、それは違和感しか生じさせない。


 ……が、さらに状況は一層混乱することになる。


〘レイディ―スエーンドジェネメンっ! ボーイズアンドガールズッ!? お爺ちゃん♪ そしてお婆ちゃんも♪〙


 大講堂の檀上。

 マイクを持って二人が立っていた。そのうちの一人は明るく盛大に、アナウンスをし始めたのだ。


〘し、紳士淑女の皆さま。少年少女諸君。お爺さんそして御婆さんも……〙


 そしてもう一人は、たったいまハイテンションに英語で口にされた内容を、日本語に訳していた。


〘ウォルカム・トゥ・ズィ・ファイノー・イベンッ・オブ・ズィス・フェスティボーッ!〙

〘よ、ようこそ、本学院文化祭最後の学・・・・・・・・・・内合同イベント・・・・・・・にお集まりくださいました……〙


 皆、一目見て破顔した。


 あり得ない……


 あってはならない……


〘さぁ始まりました! 今宵最後のイベント、お送りいたしますのはコチラッ!〙

〘じゃ、じゃじゃん……〙

〘〘ハンティングダービーだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!/で、です……〙〙


 いや、あり得るはずがない。


 いつ、恐れが爆発してしまうかわからないのだ。

 恐慌一歩手前の、いわば極限地と言ってもいい会場内に現れたのは……


〘そしてぇっ! 今回司会を担当させていただきますのはっ! 巨乳ウサギオッパイバニーの《パニィちゃん》とっ!?〙

〘ぱ、パニィ……で……す……〙


 セクシーバニーガールの・・・・・・・・・・・コスプレをして、オッパイが零れそうになっているのを必死に腕でガードしながら、泣きそうな顔をしたこの学院生徒会長・・・・・・の少女。


〘皆様をお迎え致しました、今宵の主催ホストはこのわたくしぃ! 《ゲームマスター》でございまぁっす(上げ調子)♡!!」


 そして素性すら知れない。背が高くてガタイがいいからか、着こんだ黒のタキシード・・・・・・・がパンパンな、顔を包帯でグルグル巻きにした男・・・・・・・・・・・・・・・

 挨拶と共に、かぶっていた同色のシルクハットを片手で持ち上げ、もう一方の手では、ステッキをくるくると遊ばせていた。


 もはやふざけているとかふざけていないとかいう次元の話ではない。


 ……完全に、明らかに、常軌を逸していた。


 トランジスタグラマー体系が目立つロリータ巨乳の美少女生徒会長は、まだ恥ずかし気な顔をしているから良いとしよう。

 包帯に巻かれた男は、はたから見ても楽しんでいるようにしか見えなかった。


 その登場に、誰もがざわめいた。

 困惑の空気が広がった。


 しかしそれも……奇をてらいすぎた格好の謎の男が避難員に向かって、スゥっと掲げた手のひらによって黙らせられた。


〘それでは……さっそくゲームを始めると致しましょうかぁ?〙


 そうしてそのまま、謎の男はシルクハットの唾を片手で触れながら深く俯いた。


〘《ゲームマスター》から三年三組全小隊へ・・・・・・・・。聞こえますか?〙


 続いて、避難員たちには意味不明の単語を連ねたから、また会場の空気は得も言われぬ微妙なものとなった。

 そんなこと、謎の男は意にも介さない。


 顔を上げ、胸を張って直立不動。

 今度は神に供物をささげるがごとく、両手を高々と掲げた。


〘さぁ、ショーの時間です。幕を開けましょう〙


 そして含みがありげに、一つ声を低く、ドスを利かせ、はっきりと愉悦の色を込めてうたいあげた。





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