第6話 GI達の憂鬱

 彼には奇妙で理解できないことばかりだった。

 この山の探索は二回目となる。……何一つとして異常のない山奥をだ。

 最初は命令に耳を疑いもした。

 それでも将官オフィサーが質問を却下してからは真剣に――そして慎重に取り組んできたつもりだ。

 しかし、何一つとして成果を報告できなかった。

 一個分隊――歩兵十二名でかかれば一日で調査し終えてしまうほどの、全く何もない山に過ぎない。

 それでも一切の手を抜かずに調査を遂行した。見落としなんて起こり得るはずもない。

 だが、山に変わったところなど何一つとしてなかった。

 椎の木や樫の木が乱雑に生え、栗鼠や兎などの小動物も生息し、さして珍しくもなさそうな草花が雑多に茂っている。それだけだ。

 なのに再調査の命令は下った。

 「これは抜き打ちめいた――そして実験的な再訓練プログラムの一環では?」と馬鹿々々しい妄想すら脳裏を過る。

 なぜなら、まだ戦争は終わっていない。近年中に必ず再開される。それは米兵達の共通認識にも近かった。



 日本人は自国の降伏と共に戦争は終結したと考えているけれど、それは少しばかり早計な思い込みだ。

 それでは将来の同盟国――アメリカの視点にすら立てていない。

 なぜなら中国大陸では中国国民党と中国共産党の最終決戦が残っていたし、満州へ侵攻したソビエトに撤収も促さねばならなかった。

 だが、しかし、それは既定路線の消化試合も同然だったのに――


 なぜか中国国民党が大敗北を喫する!


 対日本で共闘したといっても、大陸側勢力での戦力比は比べものにもならないほどだった。

 計算方法によってバラつきはあるものの、日本降伏時点で中国国民党の圧倒的優位は揺らがない。研究者によっては、なんと一対九に評価する者もいるぐらいだ。

 もちろん、世界中で誰もが中国共産党の敗北を予想していた。

 だからこそソビエトも悲願の不凍港確保――北海道侵攻は投げ捨て、満州への焦土戦術を選択する。

 将来的に隣国となるだろう中国国民党――中華民国を脅威と感じたからだ。

 領土拡張も潔く諦め、未来の敵国を焼き払い、将来のゲリラ――中国共産党へと売り払う。……戦略として筋は通っている。

 そしてアメリカも大陸への干渉は最小限に、自国民の保護を最優先とするに止めた。……それなりに証拠か。

 だが、政府として支援した中国国民党の勝利は疑わなかったし、そもそもの参戦理由――満州の利権は確保可能と踏んでいた。


 それなのに中国国民党は自壊する! 最終的な軍事衝突より先に!


 結果、全員が予想だにしなかった戦局へと投げ込まれた。

 もし中国共産党が勝つと分かっていれば、ソビエトは悠々と北海道へ侵攻したことだろう。

 それこそが凍てつく国の悲願だ。

 他の諸々な理由で北海道侵攻は断念したとしても、満州への戦略だって大きく変わりえた。

 おそらくは焦土とすべく焼き払うのではなく、自国領として併合する方向へと。

 もちろん、アメリカも全力で中国国民党の支援を――それも軍事介入を伴った大々的な作戦を実施したはずだ。

 ……中国大陸を舞台に第三次世界大戦が勃発も、十二分な可能性はあったといえる。


 だが、歴史は意外な道行を示し、アメリカは想定外の苦境へ追いやられた。

 まず予想だにしなかった中華人民共和国の成立と、それを支援するソビエトいう――後に共産主義陣営と呼ばれる広大な敵対勢力の誕生だ。

 さらに参戦の大きな原因でもあった満州利権をも完全に失う。

 実のところアメリカは、太平洋戦争を通じて戦略目標を半分しか達成していない。達成できた残り半分もイギリスへの借款を保全であり、かなり防衛的な意味合いが強かった。

 この苦渋が確定したのは一九四九年十月一日の中華人民共和国成立といえて……三世みつよたちにとっては、この年の晩秋に起きる事件だ。

 つまり世界情勢は戦争へと再び煮えたぎる寸前であり、事実として世界最初の米ソ代理戦争が一九五〇年に朝鮮で勃発する。

 ……世界平和は五年も持たなかったどころか、一瞬たりとも訪れてはいない。


 そして数多の創作で進駐軍の兵士達は、あたかもバカンス気分であるように表現されがちだが――

 この状況下で遊び惚けるつもりでいたら、そいつはただのアホだろう。

 兵士の立場では情報が足りなかったとしても、指揮官レベルの人間は世界情勢を認識している。

 もちろん指揮官の緊張を、抜かりなく下士官は読み取っているし……下士官の鉄拳は、万の言葉よりも雄弁だ。なんといっても通訳不要ときている。

 さらに降伏したといっても敵国への駐屯だ。これは古来より上から数えた方が早いぐらいの危険な任務とされている。

 つまり――

 いつ出動を命じられてもおかしくない最前線へ――それも敵国を占領した異人種だらけな遠い異国へ長期駐屯している、ほんの二、三年前には激戦を潜り抜けてきた歴戦の兵士

 が、正しい進駐軍の実像といえた。

 当時の日本人には軽薄と映っていたとしても、それはおそらく国民性由来といえる。

 ……その辺はヤンキーだから仕方ない。こちらが慣れるしかなかった。



「……? 遠くで音しませんでした、軍曹? まるで九二式重機関銃ウッドペッカーみたいな?」

「そんな訳あるか、チャーリー! あの囀りを聞いてたら、今頃は撃たれてるだろうが! それより辺りの様子は?」

「婆さんの口の中みたいに何もありません! ……さっきの変な音以外は」

「この国の固有種――それこそキツツキウッドペッカーかなんかだろう。気になるならボブに聞いてみろ。奴なら知ってるかもしれん」

 怒鳴り返しながら軍曹と呼ばれた男――分隊長は素早く部隊の様子を確認する。応じて伍長――副分隊長も肯きを返した。

 分隊の練度に満足そうな笑みを漏らし、軍曹は顎へと伝う汗を拭う。

 冬の終わる頃いっても、フル装備での行軍は重労働だ。厳しい訓練と実戦で鍛え抜かれた彼らですら、やはり汗ばんでくる。

「いつまで待機なんですかね?」

「俺に聞くな! おそらく、あの坊やが納得するまでだろうさ」

「それに、あの女……一体全体、どういうことなんです? 俺は女に指揮されるなんて初めてですよ」

「女『殿』とつけろ、馬鹿もんが! 尉官待遇であられるんだぞ!」

 そうチャーリーを叱りつけるも、やはり苦々しい思いはあるらしく、件の二人へと胡散臭そうな視線を向けてしまう。

 制服組は、いつもこれだ。糞みたいな理屈を捏ね回し、そうやって作った糞の山を現場へと投げつけてよこすだけ。

 そんな憤りと悲哀が軍曹の視線からは読み取れなくもなかった。


 しかし、女の方は反感を買うのにも慣れっこなのか、ほとんど意に介した様子はない。

 また婦人陸軍部隊の軍用ジャケットにスカート、その上へバーバリーのトレンチという出で立ちも、中々に凛々しかった。

 さらに見事なブロンドとコートの上からでも隠しれない豊穣さは、見る者を――

「これがアメリカか! Oh,Yes! Oh,Yes! Oh,Yes!」

 と唸らせるだろう。凄いぜ、アメリカの大艦巨砲主義も!

 しかし、当の謎なブロンド女は、どうしたことか年端もいかない少年の傍へ屈みこんでいた!

 ペロッ、これは!? もしやオネショタ?

 などと驚愕される読者諸兄もおられることだろう。さすがの慧眼だ。

 けれども永遠の少年、正太郎を輩出する『鉄人28号』が発表されるのは七年後となる一九五六年。

 さらに『正太郎コンプレックス』という言葉が発明され、ショタ=少年および少年愛好者という意味で確立するのは一九八一年のことである。

 だが、発明とは発見の別名に過ぎない!

 あったのだ! たとえ発明されるのは後世であっても、それ以前から存在はしていた! なぜならショタとは心の在り様なのだから!

 そして少年ショタ十歳くらいだった。……でなければショタではない。

 半ズボンをサスペンダーで吊り、上着は純白のシャツだ。……これは議論の余地すらない古典にして正しい基本だろう。

 さらに寒さで震えず済むようケープマントを羽織らせてはいるが、もちろん前は大きく開けさせておく。……半ズボンが隠れるなんてとんでもない!

 なかなかのショタ・マイストロによるコーデといえる! 凄い業前! 行列最後尾はどこですか!?

 止めとばかりに子犬めいたショタは、あろうことか銀髪! これでは血を吐く! 吐血してまう! 死んだらどうしてくれる!

 だが、しかし! もっとも特筆するべき事実は他に!

「すいません、ゼニヤッタ様……僕が不甲斐ないばかりに」

「いいのよ、ガラッハ。私が悪かったわ。まだ貴方が小さいのを忘れてしまって」

「この山へ入ってから、ずっと頭が痛くて……それに誰かに見られている感じが……」

 と涙目でお姉さんゼニヤッタ少年ガラッハは慰められていたのだ!

 己の未熟さに唇を噛みしめ堪えている様は、その筋ならば丼飯で数杯は軽いだろう。

 この子、食べていいショタですかぁッ!? 持ち帰るんで包んで下さい!

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