喪失・流

夏の匂いはほどかれて

ただまぶしいだけの夕陽が空ににじんでいる

軽くなった頭はもう左右に揺れることはなく

洗面台に落ちたその黒い塊を私は思い出していた


黒い塊を棺桶で引きずり歩いていた

足取りは重く空を見上げる余裕はなかった

その頃に比べればいまは

ただ空を眺めるだけで幸せなような気がしている


塊を洗面台に流し込む

どこかで詰まってしまうことはわかっていたけれど

熱い湯をかけると塊は少しづつけて

音を立てながら流れていった

その音は今まで聞いたこともない……

死んだヒグラシの鳴き声のようだった


夏はもうどこにもない

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る